彼は如何にしてその血を受けたか


彼はサクリエールだ。父も母も、家系の誰もがそうだ。
「ったくよぉ、サクリエールにしちゃぁ、名前が華麗すぎやしねぇか」
彼は自分の姓を指してそう言った。
フランベルジェ。揺らぐ炎の意を示すその響きは、サクリエールの野蛮さのかけらもない。
「いいんだよ、それで」
昔日、父はそう言った。
その名と同じ名前の武器が世の中にはあるのだと言う。
炎のように波打った刃でつけられた傷はなかなか治らないのだ。
「永遠に血を流し続けるんだ。俺らの家系にゃお似合いだろ?」
その父はもうすでにいない。


彼の生活は掟に忠実だ。犠牲を厭わず、苦痛の中に飛び込む。
サクリエールとして至って普通の生活を過ごしてきた。
そう、普通なのだ。世にありふれる一般のそれと何も変わらないということだ。
変化のない退屈な日々。血が凍りそうになる。
だから彼は刺激を求める。血が凍らないように。血の滴る心臓を震わせて。


ある夜、彼、シュルヴェステルの日々は変化する。
「…っは、これに懲りたらもう俺の視界に入ってくるんじゃねぇよ」
喧嘩に敗れたパンダワの青年を蹴り飛ばした。最後に唾を吐き捨てて、振り返らずに路地を出た。
血と水を吸ったはいいが、どうも消化不良だ。
酒場で適当に安酒を飲もう。そう決めてシュルヴェステルは歩みを進める。
消化不良の喧嘩の苛立ちを足に込めて扉を蹴り開けた。
馴染みのマスターにカマを押しつけてジョッキをひったくり、いつもの席に足を向ける。
「おい」
しかし、いつもシュルヴェステルが座っているその席には先客がいた。
行き場のない迷子のような顔をしたエニリプサの少年が、彼を仰ぎ見た。

それが、二人の間に最初に血を注いだ瞬間。

不思議なもんだ、と彼はその日を回顧する。
安酒で酔った勢いと、苛立ちの八つ当たりとはいえ、初対面の相手とベッドになだれ込むとは。
しかも、相手は男。シュルヴェステルはいたって普通の性癖であるにも関わらず、だ。
どういう因果だろう。その日を思い直してみても、なぜあそこに至ったのかがわからない。
ただ、ひどく気になった。あのエニリプサの少年は、行き場のない捨て子のような目をしていたのだ。
自分の人生を諦めた瞳が、生きる意味を探して血を滴らせる彼にとってひどく腹立たしかった。
凍った心臓に血を注いでやろうと思ったのだ。
目的がないなら与えてやる。痛みの共有をしよう。
「お前は俺のモンだ」
所有の言葉を口にした。そのたびにあの瞳に安堵が灯る。
依存するように寄り添ってくるあれを、シュルヴェステルは黙って受け入れた。


ただ、それにかかりきりというわけにはいかない。
サクリエールとしての儀礼を守りつつ、自分の生活も、仕事も。
そうすると、あれは寂しさに開いた穴を埋めるように街頭に立つ。
「ねぇお兄さん、2000カマでどう?」
その姿に腹が立つ。あれはシュルヴェステルのものだ。それなのに。
けれどその苛立ちもまた、サクリエールであるシュルヴェステルの糧になる。
1000の傷を癒すために1000の苦痛に耐えろという言葉がある。
だからそのたぎる血を抑える。その後に至る刑と罰のために。
「お前は俺のモンだろうが。あぁ?」
刻みつけるように抱いた。


そうしてシュルヴェステルはあることに気付く。
あれの行為は、自分から所有の言葉を引き出すものだと。
所有の言葉はあれを安心させる。自分の安寧のためにそれをやるのだと。
「あぁ、そういうことかよ」
シュルヴェステルは口端を吊り上げた。お前もか、という言葉もついでに飛び出した。
どうしてだか、サクリエールを愛する人間は皆、その暴力的な愛に依存したがるのだ。
彼もまた、あれに似たような人間を何人も見ている。
「しょうがねぇな」
それも受け入れてやろう。人の痛みを代わりに受けるのがサクリエールなのだから。
愛してはやらない。お前は俺の「もの」だから。物を愛しはしない。
恋でも愛でもない。それを何と呼ぶのだろう。
「いいか、お前は俺のモンだ」
所有の言葉は愛の言葉の代わり。
「だから俺から離れるんじゃねぇよ」


交差する心臓は、血を滴らせて震えている。