■ 髪

ふわり、と。巻き髪が踊る。揺れる。
前に一度だけ、その髪型を褒めたことがある。それ以来彼女は頑なにそれを維持し続けている。
風に舞い上げられた眩しい水色。それよりも鮮やかな笑顔。
「シアラン!」
なんだと問う前に行動で返された。
一瞬だけ視界に満ちる水色。頬に当たる感触。
すぐに離れて、元の距離になった。
「なんとなく、してみたくなりましたの」
照れくさそうにはにかむ彼女が愛おしかった。
やられっぱなしは性に合わないよな、なんて。
「ロロット」
繋いだままの手を引いた。
つられて引き寄せられるロロットを腕に閉じこめて、その巻き髪にキスをした。
「愛してる」
―――― 思慕

(シアラン)



■ 額

今日も今日とて無知のふりをする。
何も知らない子供のように。無条件で庇護すべき対象であるように。
守るものがなければ、あの人は壊れてしまうだろうから。
だから彼女が壊れないように、彼女が守るべきものの位置に収まる。
その場所を維持できるように子供であり続ける。
私を生んでくれたあの人に、私ができること。
「疲れてる?」
「うん、ちょっとね」
死闘渦巻くフリゴストから帰ってきたばかりで、表情に疲れの色が見えていた。
元気が出るおまじないをしてあげよう、と言った。
子供らしい発想に苦笑して、おねがいね、と彼女は言った。
「ままが元気になりますようにっ」
母の額に口付けた。どうかそれがずっと守られますように。
彼女が壊れずに在れますように。
―――― 祝福

(シャロン)



■ 瞼

宵の風と呼ばれたスーラムがいた。
いた、のだ。過去形だ。そのスーラムは自らの刃で自らの命を絶った。
けれど、我が妹がその名前を継ごうとしている。
死した姉の存在は風化させないと言うように、彼女は巧妙に刃を振るう。
それはまるで、世界に名を轟かせた彼女の再来のよう。
「ずいぶん上手になったでしょう?」
ダガーもうまく扱えるようになったんだよ、と妹は言った。
「あの時の姉さんに追いつけたかな?」
言葉こそ疑問型だが、確信に満ちている。
もちろんそれは初代宵の風の認めるところで。
間違いなく、妹はあの時の私に追いついた。
けれどそう言ってはやらない。初代の意地として、せめて私は越えてもらわないと。
その時、宵の風の名は彼女に捧げよう。初代は舞台を次代に譲ろう。
「ドジが完全に直らない限りはダメね」
そう茶化して妹の瞼にキスをした。名の継承の儀式のように。
出来うることならば、その名を背負って舞台に立つのは、私であり続けたかった。
―――― 憧憬

(シャルヴィス)



■ 耳

独り寝のベッドの冷たさを、ボクは何よりも恐れている。
孤独は嫌いだ。だから、寄り添う人を求める。誰だっていい。孤独を忘れさせてくれれば。
ひとりを埋めてくれる人を求めて街頭に立つ。すぐに買い手は現れた。
今夜は暖かいベッドで眠れそうだ。孤独は埋まった。
「気持ち良いこと、しよ?」
媚びるように抱きついた。首に腕を回して、しっかりと密着する。
身体を這い回る客の手は妙にぎこちない。
緊張しているのだろうか。そういえば、金でひとを買うことは初めてだと言っていた。
そのわりに身体は忠実だ。ボクに当たる質量ははっきりと欲望を露わにしている。
「いくらでもボクを好きにしていいんだよ」
名前も知らない客に囁いて、喘ぎの吐息を耳に送った。
ほら、おいで? キミを埋め込んで全部忘れさせてよ。
―――― 誘惑

(シルヴェスタ)



■ 鼻梁

猛禽の羽根と同じ色の髪。その合間に見える色の違う両目。
それらのコントラストが好きだった。
普段眼帯に隠れた色素の薄い瞳は、上等な宝石のようで。
「シャオリーは俺が守るよ」
「守られるほど弱くないわよ」
苦笑いする。ずいぶんと達者な口だ。
彼は甘い言葉も気障ったらしい台詞もしれっと言ってのける。それは演技だ。
彼の瞳は不穏なものを抱えたまま、それを解き放つ機会を待っている。
だけどそうさせてやはらない。裏切りたくても裏切れなくなるほど、縛り付けてやる。
這いつくばらせて懇願する彼に、首輪を付けるその日を夢見る。
「私より強くなってごらんなさいな」
思ったよりあった身長差のせいで、落とすつもりの唇は鼻梁に逸れた。
さぁ、どちらが先に鳴くかしらね。
―――― 愛玩

(シャオリー)



■ 頬

「ノーラ」
よしよし、と撫でてくれる手。すり寄った。ぎゃぅ。
「ウルカニアが早く解禁されるといいわね」
生肉より爆発殻の魂がいいでしょう、だなんて。
そんなことない。うん、いや、肉より魂がいいけど。
一緒にいられるなら、なんだっていいのに。
ぎゃぅぅ、としか鳴けない自分が憎らしい。
もっと、ひとの言葉が使えたら、いろんな事が話せるのに。
妹分がしっぽを踏んだとか、灰色の何かを脚で踏んでやったとか。
牙や爪で引っ掛けて、すぐだめにしてしまうのに、ちゃんと毎日寝床を整えてくれて、ありがとうとか。
爆発殻の魂がどうにか手に入らないか、いろんな手段を試してくれて、ありがとうとか。
いろんな思いがあるのに伝えられない。悲しい。
だから、言葉の代わりに頬に鼻先を寄せた。
だいすき。だいすき。だいすき。ねぇ、ちゃんと伝わってる?
―――― 親愛

(ドラゴエッグのノーラ)



■ 唇

「ちょっとした意趣返しの話をしていましたの」
その言葉で察した。何が起きたのか。何をしたのか。
彼女が断ち切ったのだ。俺の代わりに手を汚した。
忌まわしいこの腕を、そうなるようにした人間に心当たりはあった。
ただ確信がなかっただけだ。それに、犯人を追及する手間をかけるほど、この腕に愛着があるわけでない。
それなのに、彼女は俺のためにやってのけた。それが彼女が水底に沈めようとしている真実であり事実。
俺のために何でもやるといった言葉は嘘じゃなかった。恐ろしささえ感じる。けれど嫌悪感はなかった。
「怖いですわね。錨が切れるなんて……」
「ロロット」
もう言うなというように柔らかい唇に口付けた。
忘れよう。彼女の記憶に残す話ではない。
彼女の深海のように深い愛情。
沈み込みすぎればその水圧で潰されるだけだが、それでも構いやしない。
水底に沈む彼女と一緒に潰されるなら、悪くない。
―――― 愛情

(シアラン)



■ 喉

「不思議だよな」
唐突に呟いた。組み敷いた彼女が怪訝な視線を向けた。
この行為はとても不思議なものだ。貫き痛めつけて生命を創る。
傷つけておいて、それでいて愛する。大事にすると誓った相手をその手で害する。
それが愛から来る行為だなんて、ひどく矛盾した行為だ。
「なに、よ」
「あぁごめん、こっちの話」
行為を続行することにした。埋め込んだ欲望で彼女の身体を割る。
何度も、何度も。抉って。引き裂くように。傷つける。
快楽に翻弄されるシャオリーの喉に食らいつくように吸いついた。
「シャオリー」
愛してあげる。守ってあげる。誰にも傷つけさせやしない。
俺が君のその喉に爪を立てるまで。
―――― 欲求 

(シャスール)



■ 首筋

首筋へのキスは執着の証だという。
「らっぶらぶー」
首筋、というか顎の下にほど近いところ。服の隙間から見えたそれを親友が揶揄した。
「いちいち言わなくていいですわよ、もう」
苦笑した。彼女は知らないだろう。
本当に執着しているのは誰か。依存しているのは誰か。
私だ。彼がいなければ私は立ち行かない。舵を失った船のように沈むしかない。
だから、私はそうならないように、いくらでも手を尽くす。
害そうとする者には制裁を。危害の芽は早々に潰す。
何だってする。誓うように胸元を握る。
服の下。首から下げた銀の指輪を服の上から握りしめた。
シアラン。あなたのためなら、水底に沈むのさえ、怖くない。
―――― 執着

(シャルロッタ)



■ 手の甲

相変わらず彼女は強い。俺が憧れを抱くほどの力量はすべてを駆逐していく。
圧倒的なまでの強さはどうも油断に繋がるようだ。
今、彼女の背後に忍び寄る不穏な影。
「シャオリー!」
言うと同時に弓を引く。氷結の矢が彼女を害する者の動きを止める。
続けて放った矢で終結だ。幕を引いたのは戦闘か魔物の生命か。両方だ。
「ありがとう」
完全に油断していたと苦笑する彼女。
俺が気付かなかったら彼女は無事では済まなかっただろう。
そのことにひどく腹が立つ。彼女を傷つけていいのは俺だけだ。
他の何かに害されるだなんて絶対に許せない。
傷つけて駄目にするのは俺だけだ。その途中、よそから手を出されて潰されるなんてあっちゃいけない。
「俺が守るって約束を実行しただけさ」
彼女の左手を取った。弓を引くときに邪魔になるからと指輪は外してある。その点に関しては俺も同様だけど。
本来、銀の指輪がはまっている位置に口付けた。騎士の誓いのように。
あぁ、俺が憧れる先にいる彼女を引きずり落として底に突き落としたい。
―――― 尊敬

(シャスール)



■ 掌

シアランの左腕は私に触れようとしない。
理由は知っている。なぜそうなったかも、痛いくらい。
だからってそれを認めるわけにはいかない。
私がそれを許容してしまったら、あの左腕はいったい何に触れるのか。
行き場をなくしたそれは自分に向かうしかない。まるで身食いのように。
だから、私は言い続ける。左手で触れてもいいと。
その手が持つものをぶつけても構わない、むしろぶつけろと。
「片手で済まそうとするんじゃありませんの」
茶化すように言う。軽い調子で。彼の危惧がひどく小さなもののように扱う。
恐る恐るといわんばかりにそっと伸ばされた冷たい機械の手を取った。
「ほら、なにも怖くないでしょう?」
傷つけるかもしれない、だなんて笑ってしまう。この手は一度として私に振り下ろされたことはない。
大丈夫。大丈夫。だから、ねぇ、もっと近くに居させて。
祈るようにその手の平に口付けた。
どうか少しでも彼の苦痛が取り除かれますように。
―――― 懇願

(シャルロッタ)



■ 指先

ボクはあまり自分のことをよくできた人間だと思ってはいない。
卑下するわけじゃない。でも、あんまり褒められたものじゃないってのは、よくわかる。
自分の半生をどう振り返っても、評価は変わらない。酷いものだ。
世間一般から見れば低劣な人生。だから、その道を歩くボクも、同じ。
そういう話をしたら、彼は怪訝そうな顔をした。
「…よくやってると思うけどな」
「え」
同意が来るだろうという予想に反しての賞賛。
まさかの言葉に動揺して消毒薬の瓶を倒してしまった。
茶色の瓶は中身をぶちまけて机に歪な曲線を描きながら、床に落ちた。
「うわ、やっちゃった!」
変な事言うからだよ。彼のせいにして割れたガラスを拾う。
一番大きな欠片を拾う。直後、手に走る痛み。うわぁ、指切っちゃった。
「…何やってるんだ」
溜息。赤い血がにじむ右の人差し指。機械の手が取って。ぺろり、と舐めあげた。
「お前がいなければ、俺は彼女を両手で抱けなかった」
―――― 賞賛

(シルヴェスタ)



■ 腹

姉さんの腹には傷がある。それは臍の下、下腹部にあたる部分にある。
スーラム神によって蘇生された際、その傷だけは残ったままにされた。
「シャアラ、この傷、知ってる?」
姉さんの問いに知らないと答えた。けれど知っている。
その傷は、壊れた姉さんが自分で刺したもの。
自分で生んだ子を首を折って殺し、自分で下腹を刺して止めに喉を貫いた。
その傷がそのまま残っている。思い出せと言うように。
けれど絶対に思い出させてはやらない。その記憶は暗い闇の中に仕舞っておくのだ。
あれを覚えているのは、私だけでいい。姉さんはどうかそのままでいて。
「痛そうな傷痕よねぇ」
とぼけながら、姉さんの傷に触れた。くすぐったい、と姉さんが身をよじった。
「やめなさいよ、もう」
くすぐったがる姉さんが面白くて、さらに遊ぶことにした。
下腹の傷。唇を近付けて、息を吹きかけた。
「やめなさいって、ちょっと、もう!」
反撃とばかりに脇をくすぐられる。わきゃっ、なんて素っ頓狂な声が出てしまった。
「やったなぁ!」
お返しだと言ってくすぐり返した。先にやったのはシャアラじゃない、という言葉は聞かない。
そのじゃれ合いは昔日と変わらない。
お帰り、姉さん。
―――― 回帰

(シャアラ)



■ 腰

夫婦の心の底で魂が通じ合ったとき、子供ができる。
ということは、自分たちに子供はできないだろう。
何故なら、お互いがお互いを想いあっているわけではないから。
いつ相手を出し抜くか。服従させるか。そればかりを窺いあっている。
だからおそらく、子供ができることはない。
「あんたに似て格好良い男になってくれるといいけど」
「じゃぁ女の子なら、シャオリーに似て可愛い子になるかな?」
白々しいことを言った。
シーツに沈んだ身体。腰に走る唇。その先にある下腹部。その胎内にあるものを予知させるように。
ふたりに子供ができる日。それはきっと、どちらかが屈したとき。
自分のすべてを相手に差し出して、自分には何も残らなくなったとき。
―――― 束縛

(シャオリー もしくは シャスール)



■ 臑

「お前は俺のモンだ」
彼はいつもそう言う。愛してるなんて言わない。
ボクもまた、その言葉を要求したことはない。そんな言葉、言われたくもない。
ただ、ひとつだけ彼に望むことさえ叶えてくれれば。
茫洋と流れるボクの行き着く先にいて。
受け止めて、許容して。底に沈むくらい溺れさせて。それだけでいいから。
触れた心臓に交わすものが永遠の傷で構わない。刻みつけて。
そう願う。それだけを望む。そして彼はきちんとそれを叶えてくれる。
愛も恋も越えたところで、交わる。
「来いよ、ヴェス」
あぐらをかくヴェステルの、臑に唇を落とした。
―――― 服従

(シルヴェスタ)



■ 太腿

「お前は俺のモンだ」
そう言い含めているのに、こいつはあっさりと他の人間に足を開く。
まるで俺を試すように。否、試しているのは自分自身だ。
こいつには確信がある。どれだけひどい有様でも、俺が受容するってことをだ。
それを確かめるためにこいつは落ちていく。何処までも。俺が受容することを見越して。
愛を確かめるために浮気する女のようだ。
「しょうがねぇな」
依存に浸かった心も全部、丸ごと受け止めて、許容する。
絶対に愛してはやらない。この関係を例えるのに、愛の言葉は似つかわしくない。
愛も恋も越えたところで、交わる。
「なぁ、お前は俺のモンだろ?」
だらしなく開いた脚の、内腿に唇を落とした。
―――― 支配

(シュルヴェステル)



■ 足の甲

あのひとに仕える。そのことに誇りを持っている。
彼女の爆発の矢の着弾点になることなんて、ちっとも怖くない。
むしろそれで彼女がより良く立ち回れるなら、喜んでこの身を敵中に投げ込もう。
どんな無茶も怖くはない。彼女のためならどんなことだって。
けれどただひとつだけ、恐怖する言葉がある。
「そろそろあなたもお役御免ね」
その言葉を一番怖れている。その言葉があのひとから飛び出すことだけが最大の恐怖。
請い願わくば。希わくば。どうか捨てないでください。
側に置いてなんて贅沢は言いません。片隅で構わない。
あの真っ黒で寒い部屋に戻るのだけは、嫌なんです。
「何なりとご用命ください」
ワンと鳴きながら、女王様の足の甲に額付けた。彼女は無言で笑っていた。
―――― 隷属

(ヴァルリー)



■ 爪先

「這いつくばって」
冷たい床を指した。あのひとは黙って言うがままに膝をついた。
差し出された首に皮革の輪を付けた。酷い屈辱を与えても、反抗は一切ない。
完全勝利を収めたのだと嗜虐心が告げた。吊りあがる口端。
「ほら」
足を動かして、眼前に。爪先に口付けられた。服従を誓うように。
いい子、と呟けば熱の入る奉仕。さて、どうしてくれようか。
「ん……?」
そこで、目を覚ました。あぁ、夢か、と嘆息しながら、すぐ近くのぬくもりを手繰る。
暗闇に浮かぶあのひとの首元には何もない。首輪の予約のように残した鬱血痕。
指先で触れた。夜気に冷えた指の冷たさに小さく身をよじる。それを追うように首をなぞる。
早くこの首に首輪をつけてやりたい。服従させたい。
今見たあの夢が早く本当になればいいのに。
―――― 崇拝

(シャオリー もしくは シャスール)