夜も更けて、そろそろ眠りにつこうかという時間。唐突にシルヴェスタが口を開いた。
「ふと思ったんだけど、さぁ」
なんだよ、とシュルヴェステルが手を止めた。手元にあった視線がシルヴェスタに向けられる。
「……んだよ」
用があるなら早く言え。
呼びかけたきり口を閉ざしたシルヴェスタに焦れて続きを急かす。
シルヴェスタは言うか言わないか迷った素振りを見せ、そしてようやく口を開いた。
「あんまり名前呼ばれないな、って」
そういえば、とふと思い至ってしまったのだ。
シュルヴェステルはシルヴェスタを名前で呼ばない。お前などと名前に代わる呼称で呼ぶ。
「…なんだよ、そんなことかよ」
溜息を吐く。やけに思い詰めた顔をしているから重大な話かと思ったら、ただそれだけの話。
しかし言われてみれば、確かにそうだ。彼はシルヴェスタを滅多に呼ばない。
シルヴェスタは彼のものだ。ものの名前などわざわざ呼ばない。
それに、ふたりの名前は似ている。名前が似通っているから愛称も似ている。
そうすると、どうしても自分で自分を呼んでいるように思ってしまう。
だから避けていた。指示語で通じるなら十分だと思っていたが。
「それだけ、って…」
こちらにとっては重要な話だ。下らないと一蹴されたシルヴェスタが眉を寄せる。
「言わないと解らないことだってあるよ」
失意に染まるシルヴェスタをシュルヴェステルが引き寄せる。その耳元で囁いた。
「呼んで欲しいなら呼んでやるよ。……ヴェス」
そうして、口付ける。一瞬触れるだけのそれ。
シュルヴェステルがその顔を見れば、シルヴェスタは依然として何ともいえない顔をしていた。
なんだか、駄々をこねる子供を宥めるようだと感じてしまったのだろうか。
「しょうがねぇな」
苦笑する。まったく、手間のかかる所有物だ。
シュルヴェステルがその名前を呼ぶ時、シルヴェスタはひどく嬉しそうな顔をする。
境界を失って茫洋としている自分が名前によって定義される。
名前で線引きされた自分が、呼ばれることで認められる。認識されることの喜び。被支配欲が満たされる。
それを知っていてあえて呼ばないでおいているのだ。わざと飢えさせて、それが与えられた充実感を倍増させる。
与えるだけでは底無しに次を欲すだろうから。
「ヴェス、行くぞ」
そろそろ渇いた心に水を与えるとしよう。文字通り掛け値なしの愛を。
読んでいた雑誌を机に放ってシュルヴェステルが立ち上がる。
そのついでにシルヴェスタを抱き上げる。向かう先はもちろん寝室だ。
「相変わらず軽いな」
飛翔するため、エニリプサの平均体重はサクリエールのそれよりずっと軽い。
シュルヴェステルの体重の半分すらないだろう。
「言わないと解らない、か。…溺れさせてやるよ」
不安が差し込む隙間もないほどに。
シルヴェスタを抱き上げたまま、寝室の扉を蹴り開けた。


抱き上げたシルヴェスタをベッドに下ろす。
古くなってくたびれたシーツの上に座って、その膝の上にシルヴェスタを載せた。
二人分の体重に耐えかねて、ベッドのスプリングがぎしりと鳴った。
「ヴェステ、ル、ん…っ」
唇を重ねる。ぬるりと舌を口内に進入させる。
歯列をなぞり舌を絡めた。それだけでシルヴェスタの身体は演技ではない反応を示す。
それに気を良くして、シュルヴェステルはさらに深く口付けた。
絡めた舌を擦りつけて舐め回す。シルヴェスタの息が上がってきた。
「っは……これぐらいで蕩けるなよ、ヴェス」
息継ぎの合間にそう言った。もう一度キスを贈る。
その間に緩められていく首元。前開きの上着の隙間に手が入り込む。
「あ、ぁ…!!」
身体をなぞる指先のくすぐったさに身をよじる。
わずかに仰け反った首筋に移った唇は、徐々に下に降りていく。
それに従って手が滑る。快楽に震えるシルヴェスタの身体の中心へ。
「…ちょっと触ったくらいでこれかよ」
完全に立ち上がって存在を主張するそれ。
ズボンの中で窮屈そうなそれを解放してやる。一糸まとわぬ肌が外気に触れて粟立つ。
「空気で感じてんじゃねーよ」
「そんなっ…して、な…!」
どうだか、とシュルヴェステルが口端を吊り上げた。
触れたそれから手を離す。移動した手は脇腹のあたりから腰骨をたどり、太腿へ。
身体を支えるため膝立ちしているシルヴェスタのその脚をひと撫でして内腿に至る。
そのまま触れるかと思わせておいて、あっさりとシュルヴェステルの手は逆順をたどる。
そうして同じルートで脇腹まで戻ると、ほんの少し場所を変えて同じようになぞり上げる。
その繰り返し。それ以上はいっさいやらない。
もどかしい攻めにシルヴェスタの理性が蕩けていく。
「…ヴェステル…っねぇ……」
身体をなぞるだけで、肝心の所には触れない。
いつもの乱暴さにものを言わせた強引な愛撫に慣れきった身体には物足りない。
シルヴェスタの不満げな視線を受けて、シュルヴェステルが意地悪に笑った。
「言わないと解らない、んだろ?」
欲しいなら言え、と。シュルヴェステルが言葉を促す。
今更、それを言うことに躊躇はないだろう。
「っ…ちょう、だい…」
欲しい、と散々焦らされたシルヴェスタが無意識に腰を揺らめかせる。
シュルヴェステルの腹に擦り付けるように触れたそれは、ひどい状態だった。
「何処に?」
さらに促せば、淫語にまみれた哀願が返ってきた。
指は、と問うと不要だと返された。その要求に従って、欲望をねじ込んだ。
「はっ…すげ…」
指で慣らしてすらいないのに、奥まできっちりと飲み込んだ。
待ちわびていたように、絡みつく内壁。まるで餌に食いつくようだ。
「ずっと、待って、た、から…っあ、ぁ…!!」
立てていた膝は崩れ、されるがままにシーツの上に投げ出されている。
快感に力が入らない脚をどうにか動かして、シュルヴェステルの腰に絡ませる。
より密着する身体。より奥に入り込む熱。
「ほら、ちゃんとやるから全部飲み込めよ」
ぐちゃぐちゃのそこを何度も突き上げる。
内部を擦って掻き回す。そのたびに締まる中。
もっと、と求めて揺れるシルヴェスタの腰を抱えて、強く突き入れる。
堪らない。乱れるシルヴェスタが。締まる内壁が。全部がシュルヴェステルを煽る。
「あ、ん…ゃ、イ……っ!!!」
仰け反るシルヴェスタをしっかりと抱きしめて、その中に欲望を注ぎ込んだ。

「…お前は俺のモンだ、シルヴェスタ」

ブラックアウトする意識の中で、そう囁かれた。