朝。外を見たら、雪だった。
「昨晩は冷えたからね」
そりゃぁ積もりもするだろう。シャオリーが溜息を吐いた。
雪が積もると後が面倒なのだ。凍った地面は滑って動きにくい。
「井戸が! 井戸が凍ってる!! ちくしょおおお!!!!」
氷が張った井戸の前でげらっちゃが愕然と膝をついた。
「うおおお雪ぃぃぃぃぃ!!!!!」
銀世界を目にした途端、ばきゅんが雪原に駆けだしていく。少し遅れて片割れが続く。
誰も足を踏み入れていない雪に足跡をつけていく。
「待ってよ!」
シャアラもそこに続きかけ、そして。
「あ」
「あ」
雪に足を取られて顔面から飛び込んだ。
「朝一番のドジお疲れさまです!」
「うるさいっ」
照れ隠しと八つ当たりを兼ねて、シャアラが雪を掴んで投げつける。
雪玉にすらなっていないそれはアイアンの顔面に正確にぶち当たった。
「てめ、やりやがったな!」
そしてそのまま双子対シャアラで雪合戦が始まる。
「数の暴力で! 勝つ!!」
男2人に女1人とはいささか不公平だ。
気が進まないがシャアラに味方するかとたんすにゴンが雪を手に取った。
それを玉にする前に、雪原に影もなくつく足跡。
見えない足跡は軒下からゆっくりと双子の背後に移動し、そして。
「…油断大敵」
背後から特大の雪玉がばきゅんの後頭部に投げつけられた。
それと同時に足跡の主の姿が見える。褐色の肌に映える薄紫の布。
「姉さん!」
成程、インビジで隠れていたのか。しかしそれにしたっていつの間に。
シャアラの驚きの声に、シャルヴィスは片目を瞑って応えた。
「ぬおおお雪が! 雪が首に!!!」
反撃だと言ってばきゅんが雪玉を取る。握って丸めてシャルヴィスへ投げつけた。
しかし、彼女は動かない。
「…残念」
「ふおおおおお!!!!」
ダブルだ、と声をあげる前に、ばきゅんの首筋に雪が追加される。
わざわざ丁寧に首根っこを掴んで襟を開けて、そこにインビジで隠れたままのシャルヴィスが雪をねじ込んだ。
冷たさにばきゅんが素っ頓狂な声を出す。
出すがしかし、傍目にはひとりで悶えているようにしか見えない。
「あほだ」
アイアンが嘆息する。そこに迫る見えない影。
近くの軒下に垂れ下がるつららが、ひとりでに折れた。
「とぅっ」
姉を見習ってインビジで隠れたシャアラがアイアンのうなじに、今さっき折ったばかりのつららを差し込んだ。
「っ、うびゃああああああああああ!!!!」
一瞬、硬直、一転。奇声をあげてアイアンが雪原を転がった。
「何してるのかしら」
シャルロッタが呟いた。隣にいるシアランもまた同様に嘆息をこぼした。
初めて見た雪に心躍るが、あそこまで脳天気にはしゃぎ回れるほどではない。
「ふたりとも、雪だるま作ろう!」
しずくなみが呼びかけた。見ればすでに、雪玉を転がしている。
「身長より大きいの作ろう!」
「そんなサイズ、持ち上がるんですの?」
海底住まいのスチーマーでも、一応雪だるまの作り方くらい知っている。
頭と胴と、別々に作った玉を上下に乗せるのだ。
身丈より大きなものを作ろうとするならば、パーツとなる大玉のサイズはそこそこ。従って、重みもそれなりに。
それを持ち上げて積むというのはなかなか重労働だ。
一応男手はシアランがここにいるが、それでも。
「ふっふっふ。ロッタ嬢、私はパンダワですぞぉ」
寒いときは飲んで身体を温めるに限るとばかりにビールを飲み下すおおだぬき。
今作ったばかりの大玉を楽々カルチャム。そして別の玉の上にチャムラック。
あとは目鼻をつければ完成だ。お手軽。
「楽ですわね。……ところで、あれは?」
少し離れた場所にある、謎の物体。雪でできた長方形の柱。
雪かきで積み上げたにしては大きさが変だ。
「あぁあれは私の雪像」
とりあえず大まかな形だけ作って、細かいところは後で仕上げるつもりだ、とおおだぬき。
「ねぇ、ぶるべりんの姿が見えないけど……」
雪を見て、外に走っていったのは見たのだが、それきり姿が見えない。
じゅうじぐの問いに、それなら、とおおだぬきが答える。
「紫の人には雪像の芯になってもらった」
「ぶるべりぃぃぃぃん!!!!」


外で遊び回る彼らをよそに、シャロンは暖炉の前に陣取っていた。
「寒いぃぃ…!!!」
雪が降ると猫は暖房器具の前で丸くなるというが、まさにそれだ。
みんなと一緒に外で遊びたくもあるが、それよりも寒さの方が勝った。
断固として暖炉の前から動こうとしない娘を見て、シャオリーが苦笑を浮かべた。
「犬は庭を駆け回るそうだけど?」
シャオリーが足下に訊ねた。女王様の忠犬を自負するせかいふは緩く首を振った。
「俺は椅子です。わん」
ワンと鳴くなら犬じゃないか。
まぁいいか、とシャオリーは新刊のページをめくった。
イオップとスーラムっていいわよね、と誰にともなく呟いた。


「お。雪だるま作ってんのか」
全身雪にまみれたアイアンが雪だるま制作会場と化した軒下に歩みを向けた。
どうやら姉妹対双子の雪合戦は双子の劣勢で決着のようだ。
「うん、顔作れば完成だよ」
「ふーむ。仕上げするか」
そう言って、おもむろに雪玉を作り出すアイアン。
拳より少し大きい玉をふたつ。それを雪だるまの胴に張り付けた。
「ロッタ嬢!!」
直後、シアランに左腕で殴られた。
アイアンの顔面が雪に埋まる。追撃に軒下のつららが襟元に差し込まれた。
「阿呆な片割れを持つと悲しい」
ばきゅんが嘆息した。アイアンがつけたばかりの雪だるまの不格好な巨乳を器用に剥がす。
手で丁寧に擦って胸の膨らみを消した。元々の玉の丸みさえ無い平たい胴。
「よし、女王様完成!」
何処からともなく矢が飛んできた。


「…ふぅ」
愛用の弓を手に、シャオリーが一息吐いた。
何やら予感がしたので撃ってみた。粘着の矢はうまく相手を捉えただろうか。
「何してるんだい?」
弓なんて持ち出して、とシャスールが居間に顔を出した。
雪に反射した日光が窓から入ってきて、さらにそれが白い壁紙に反射して、部屋の中はいつもより明るい。
瞬きの頻度が少し多い夫に、何でもない、とシャオリーが言った。
「言われた通り、お風呂沸かしておいたよ」
「えぇ。ありがとう」
雪遊びから帰ってきた彼らはきっと、身体の芯まで冷えきっているだろう。
溶けた雪でびしょ濡れだろう。そんなものを居間に上げるわけにはいかない。
まずは風呂に投げ込んで、その後で暖かいものでも用意しておこう。
「しかし、よくやるね」
浴室の窓から少し見えたが、あのはしゃぎようったら。
シャスールの呟きに、シャオリーも頷いた。
「あれがシャオリーだとはね」
全然似てないよ、とシャスールが肩を竦めた。
「シャオリーはもっと胸が無ーー」
最後まで言い切らないうちに、爆音が響いた。


雪遊びから戻ってきたら、黙ってシャオリーが浴室を指さした。
素直に足を向けると、そこには沸かしたてのお湯。
「うおお風呂ぉぉぉ!!!」
溶けた雪でどろどろの服を脱いで、誰よりも早く双子が浴槽に飛び込んだ。
はしゃぎすぎて戻ってこれないのか、テンションがはち切れたままだ。はるか彼方に飛んでいっている。
「少しは落ち着け」
ギルド共用の風呂は、その人数に合わせてかなり広い。
早速泳ぎ出す双子を見、シアランが嘆息した。
寒空に長時間いたせいで、無意識に身体が緊張していたらしい。
寒さに肉が締まって、義手との接合部がわずかに痛む。
後で診てもらった方がいいだろうかと思案しながら、冷えた身体を湯に沈めた。
「うおおあったかい! あったかいよぉぉ!! 水ばんざい! 水でよかった!!」
何やら感激しているげらっちゃ。
寒さで頭がどうにかなったのだろうか。井戸が凍っていたのがそれほどまで衝撃だったのか。
「水ぅぅぅぅ!!!!」
壁に反響した声は、隣の女子風呂にも届いていた。
「…男子は賑やかですわね」
湯船に浸けた冷えた足先が痛い。冬の現象にシャルロッタが眉をしかめた。
「まぁ、楽しそうでいいじゃない」
苦笑したシャアラが真っ赤な指先を少しずつ湯で温める。さすがに素手で雪を掴むのはやりすぎた。
「あー…雪合戦、決着つけたかったなぁ」
終始優勢だったが、きちんと双子に参ったと言わせたかった。
ぼやくシャアラにシャルヴィスが肩を叩く。
「…あれ」
つい、とシャルヴィスが指さした先。
窓から手を伸ばせば届く位置にある、隣の棟のつらら。
視線と同じくらいの低い屋根の上には雪がたっぷり積もっている。
「なるほど」
察したおおだぬきが湯船から立ち上がる。
雪像作りに追われて見ていただけだったが、実は雪合戦に参加したかったのだ。
覗き防止の格子の隙間に腕を差し入れて、隣の棟の屋根の雪を掬う。
ぎゅ、と固めて、丸める。男女の風呂を分かつ衝立の高さは身丈の倍ほど。
「たぬぬ、ゴー!!」
「言われずともぉぉ!!」
雪玉を投げ込んだ。衝立の向こうが見えるわけではないので狙いは適当だ。
「ばきゅん、見ろ、ネッシー!」
男子風呂で何をしているのかはわからない。しかし、阿呆なことをやっているのは確かだ。
呆れている夫の姿が目に浮かぶようで、シャルロッタは小さく笑いを漏らした。
「こうやったらもっと大きくな…っふひゃあああ!!」
「あああ!! ネッシーが! ネッシーが雪まみれに!! ちっさくなった!!」


風呂場で散々騒いで、出てきたのはそれからしばらくのこと。
「にゃぅー…みんな寒いとこ行くしお風呂行くし、つまんなかったぁ」
シャロンがむくれる。これだから雪の日は嫌いだ。
「あはは。ごめんごめん」
シャアラが苦笑した。シャオリーが配った紅茶のカップを傾ける。
立ち上がる香りのいい湯気に、ほぅ、と息を吐いた。
「結局あの雪玉は何処から…?」
「あぁそれ、たぬぬ」
なにぃ、とアイアンが思わず立ち上がる。
突如降ってきた雪玉のせいでアイアンの隠れた怪獣が引っ込んでしまったのだ。
約15センチの相棒は、雪の冷たさに怯んだまま、あれから起きあがらなかった。
「…阿呆なことしてる方が悪くないかい?」
風呂と居間の距離はかなり離れている。
それなのに声が聞こえてきた。しかも、かなり馬鹿馬鹿しいものが。
シャスールの嘆息にアイアンが反駁しかけた。しかけた。が、そこで止まる。
彼の背後でシャオリーが突き刺しロッドを構えていたので。
「まぁまぁ」
いいじゃない、大目に見てやろうよ、とじゅうじぐが仲裁に入った。
ココアの入ったマグカップを傾きかけて、ふと気がついた。
「…ね、ぶるべりんは?」
「……………あ」

雪像の芯にされていた紫肌のサクリエールが救出されるまで、あと少し。