彼女がこの世に産まれる際、神々に祈ったことがある。
父と母の役に立ちたいと。
神々はそれを聞き届けた。彼女の魂に与える肉体をある程度成長させて遣わせた。
ある程度のことが自分でできる年齢にまで引き上げて、そして相応の知識を与えて。
そうして彼女の魂は肉体を得た。
「まま!!」


異種族の夫婦に子供が出来ることはない。
夫婦が魂の絆を感じたとき、神々が魂と肉体を遣わすのだ。それが子供になる。
だから、彼女とその母の間に血の繋がりはない。
ある程度成長した姿で産まれたため、母娘間の成育の過程で育まれるだろうものもない。
希薄な親子関係。けれども親子と定義されている以上、そうなのだ。
「まま! まま!」
故に、彼女はそれに固執する。親子らしくないからこそ、親子であれるように。
親子と認められるように。そのためにそう振る舞う。
子供らしく、子供らしく。天真爛漫で無邪気であれと。
テーブルでトランプをするように忠実に、世間一般が想起する子供の姿を演じる。
それは一種の賭けだ。母親に子供と認められるか否か。
「あなたはいつまでも子供ねぇ」
困ったような、それでも許容するような声音。
まま。まま。舌っ足らずの口調で甘える。子供らしく。そうであるように勤める。


ある日、母親が泣いていた。
「いなくなってしまったの」
力のないその声。ぽっかりと空いたテーブルの席。
私たちは裏切られたのだ。父親は裏切ったのだ。
心の中で罵声を浴びせる。自分の中の語彙を操って、出来うる限りの汚い言葉を作りあげた。
「泣かないで、まま」
子供の声でそう言った。まだ離婚という言葉の意味も分からないような声音で。
「まま、私はいっしょにいるよ」


母親に笑顔が戻ってきたのはそれからしばらく。
クラの男が隣にいた。新しい父親になるのだと紹介されたのは、対面からしばらく後。
「新しいぱぱ?」
舌っ足らずの言葉でそう聞いた。その言葉の意味に関しては、知識がとうに追いついている。
意味は解っている。が、解らない振りをしよう。子供なのだから。
「うにゃー。ぱぱがふたりー?」
首を傾げて解らない振りをした。難しい顔を作ってみせれば、母親が苦笑していた。
「ままを泣かせないでね!」
新しく父親になる人間にそう言った。
彼は頷いていた。それなのに。


母親の隣の空白を見つめ、嘆息した。やっぱりか、と呟いた。
あの時のように泣かなかったが、母親の目は悲しみに沈んでいた。
どうしていなくなったの、と理由は聞かなかったし、教えてくれなかった。
それよりも、付随される意味よりもその空白の存在の方が重大だった。
「まま。私はいつもいっしょだよ」
子供を装う。その空白の意味が解らないといった顔で。
内面で言えば、もしかしたら母親より自分の方が成熟しているかもしれない。
そんなことを思いながら言葉を乗せた。ずっと一緒だよ、と。


その空白は程なく埋められた。3人目の父親が出来た。
色の違う両目は、何か底知れない物を抱えていた。
あれはおそらく、近いうちに母親を泣かせるだろう。絶望に突き落とすだろう。
それがなされる前に叩き落とそう。予期している惨事を見過ごすわけにはいかない。
母親は自分が守るのだ。誰も守らないなら自分が守るのだ。
「ねぇ、あなたはままを泣かせない?」
ある日訊ねてみた。クロコダイルの肉を捌く手を止めて、彼の挙動を注視する。
ポーカーで相手の手札を推理するように。
「ちゃんと幸せにするさ」
しれっと彼は答えた。本心だろうか。
言葉の裏に何かろくでもないものが潜んでいる気がする。
「…裏切ったら、こうするよ」
作業台の上のクロコダイルの肉をアバッツの剣で両断した。
子供の演技を投げ捨てて脅す自分に、彼もまた本性で答える。
「君が彼女を守ると? …2度も守れなかった癖に」
確信した。こいつは3度目を呼び起こすと。
無視するわけにはいかない。早く芽を摘まないと。
悲しみがもたらされる前に、処断する。この剣の錆にする。
だが、今は手を出してはならない時だ。提示されたカードから持ち札を推測する時。
仕掛けるその一瞬まで、爪を研ぐための準備期間。
「転がしたサイコロが割れないようにね」
「やってみるといいさ。小娘が」


猟師と狩人は火花を散らす。