心臓を交える。


「来いよ」
乱暴に腕を引かれる。その強引さ。諦めて身を委ねる。
そのままベッドに押し倒されて、あとはもう。


事後。荒い息を整えながら悪態を吐いた。翼はダメだと言ったのに、これだ。
翼の付け根の皮膚は薄くて敏感だから、触られるとどうしようもなくなってしまうのに。
そう訴えると、あいつは煙草の煙を吐き出しながらこう言った。
「悦んでんだからいいだろ」
その台詞に態度での遠慮はいっさいない。よく言えば、飾らない言葉。
だからボクも同じような態度で返すのだ。
この体力バカ。バカリエールめと言ったボクに、あいつは負けじと言い返す。
「ど淫乱エロリプサ」
うるさいバカ。そうさせたのは誰だよ、という言葉はキスで塞がれた。


今夜もボクは街頭に立つ。
ブラクマールの銀行の前で、待ち合わせをドタキャンされて時間を持て余してしまった人のような顔をする。
「坊や、ひとりかい?」
不意にかけられた言葉に振り返る。醜く太った、いかにも金持ちそうな中年男。
そいつの舐め回すような視線が注がれる。それに気付かない振りをして、純情な少年を装って頷いた。
「そっかぁ。いやね、おじさんもひとりでさ。レストランの予約もしちゃったし、寂しい者同士食事なんてどうかな?」
ずいぶん下手な誘い文句だ。そう思いながら、何もわからない少年の仮面をかぶって頷いた。
食事なんて口実だ。目的はその先。
きっとそのレストランで水と偽って酒を飲まされるのだろう。
そして、白々しく介抱すると言ってベッドに連れ込み、以下略。
その狙いをわかっていながら、あえて乗る。
今晩はこの男が客だ。客のニーズには応えよう。求める姿の仮面をかぶろう。


演技をするのはいつものことだ。
純情な少年だったり、淫乱そのものの色情魔だったり。客に合わせて自分を装う。
そうしていると、時々わからなくなる。自分は、本来どういう人間だっただろうかと。
演技のやりすぎでボクが自分を見失った頃、あいつが現れる。
「何やってんだよ。淫乱」
遠慮のない粗雑さが、折り重なった演技の殻を引き剥がすのだ。
「いつもの悪態はどうした? 張り合いがねぇだろ」
彼の前で唯一自分が出せる。どんな姿を晒してもあいつはボクを受け入れる。咎めもしないし褒めもしない。
だからボクは彼に甘える。頼りきる。依存する。それすらも受け入れられる。底の知れない許容心に沈む。
恋も愛でもないそれは、いったい何だろう。


「…スタ………シルヴェスタ! シルヴェスタ・アルベルタ!」
「ふぇっ!?」
叱咤の声。思考に沈んでいた思惟が引き戻される。その際に間抜けな声を上げてしまった。
目の前には憤慨したエルヤ・ウッドがいて。
「まわりの声が聞こえないほど考え事に熱中するのはいいけど、今はその時間じゃないでしょう?」
もう教えないわよ、とエルヤ・ウッドが教本を手に怒る。
そうだった。今は彼女に回復の呪文を教えてもらっていたところだ。
ずいぶんと深いところまで回顧に浸っていたようだ。慌てて謝って続きを請う。
「次やったらもう教えませんからね!」
そう釘を刺して、彼女は教本をまた開く。

集中しないと、と寝不足の頭をどうにか働かせて、教本の文章を追った。