それは、アマクナでも一つの節目になる日だ。
アルマナクス寺院の秋の部屋が閉じ、冬の部屋が開かれる。
人々はその節目の日まで息災であったことを祝い、そして厳しい冬の間、ジャウルに脅かされることなく過ごせることを願う。
その日が今日だ。その日の名は、冬至。


朝から、シアランは不機嫌だった。
仏頂面がしかめられている。眉間のしわはいつにもまして多い。
それは昼を越えても夜を迎えても変わらなかった。
「もうちょっと愛想良くなさいな」
シャルロッタがシアランの眉間を指で押す。ぐりぐりと押し当てられる指。
それでもやはり、シアランの憮然とした顔は和らがない。
もう、とシャルロッタが嘆息した。毎年のことだが、それにしてもだ。
「ごはんできたよー!!!」
シャロンが食卓に呼ぶ。その声より先に双子は食卓についていた。
声に呼ばれて、ギルドメンバーが全員食卓に集う。大きなカシワのテーブルにずらりと並べられた夕飯。
「いただきまーす」
今日は金曜日。食卓にはスナッパーが鎮座している。そのスナッパーの皿にスチーマー連中が一斉に手を伸ばす。
「おいアイアン。てめぇそこ食うんじゃねーよ」
「いいだろ。お前は尻尾のほう食ってろよ」
ばきゅんとアイアンの間に火花が散る。毎度のことながら、いつも同じ喧嘩の仕方だ。
「…俺が貰うぞ」
そして、喧嘩を始めようとする双子の隙をついてシアランが横から奪い取るのも。
スナッパーの身で一番美味しい部位がシアランの皿に。そして、口に。
もはやお決まりと貸した光景である。その後、双子が揃って叫んで、勢いのままに地雷を踏んで、シアランに殴られるところまで。
「もはやテンプレ」
振り下ろされるハンマーの音を聞きながらおおだぬきが呟いた。
大皿に乗ったクワックワの唐揚げを独り占めである。
トフもいいけどクワックワも悪くない。そう感想を漏らした。次はカラス卿も食べてみよう。
「それはさすがに…」
美味しくなさそうだ。Lightが苦笑い。
「あら。美味しいじゃない、カラス卿」
カロットスープをすすりながら、シャオリーが口を開いた。
味に深みがない。やはりワンダーヴィヴの骨でも入れておくべきだったか。
今からでも遅くはない。突き刺しロッドを持つかどうか悩むところである。
「え、食べたんですか」
「いや、私じゃないけど…ほら、ヴァージルとの関係に思いを馳せるだけで…」
主人と従者って美味しいじゃない、と言うシャオリー。そっちじゃない、と一同から突っ込みが入った。
「シアラン、サラダ食べようよー」
せっかくシャアラが作ったというのに、手をつけないなんてもったいない。
食卓の真ん中に置かれたカボチャのサラダを指す。シアランはいっさい手をつけていない。
「たーべろー!」
シャロンがシアランの取り皿にサラダを盛る。鮮やかなオレンジの物体にシアランが渋い顔をした。
「好き嫌いはダメだよー」
アレルギーがあって食べられないわけではない。食べようと思えば食べられるのだ。
それなら拒否される理由はない。さぁ食べろとシャロンが要求した。
「……はぁ……」
シアランが大きな溜息を一つ。渋々フォークをサラダに突き刺した。
ここで断固拒否すれば、シャロンが悲しい顔をするだろう。
シャロンがそんな表情をしたら、その背後にいるモンスターペアレンツから爆発の矢が飛んでくる。
仕方なく咀嚼する。決してまずいわけではないが、やはり好きになれない。
「シアラン、眉間」
カニアの絶壁のような深いしわが刻まれている。
サラダのグリーンピースを上手にフォークに刺してシャオリーが指摘する。ますます深まる渋い顔。
「ほんと嫌いなのねぇ」
好き嫌いすると大きくなれないわよ、とまるで親のようなことを言うと、成長期は終えたからこれ以上伸びないと言うような顔をされた。
「その代わり私が好きだから問題ないですわよ」
シアランの皿からシャルロッタがサラダを取る。美味しい、と呟いた。
取ったサラダの分はスナッパーの蒸し身で返す。需要と供給は吊り合っている。
「あー…らぶらぶ……」
しずくなみが遠い目。本当に熱いことだ。
「ラブラブなら負けないぜ!」
な、とぶるべりんがじゅうじぐに同意を求める。
うん、と返答が来る前に周囲からいっせいに揃った声が投げつけられた。
「ぶるべりんもげろ」
「もげない!!」


冬至にやるべきことはもう一つある。すなわち、柚子風呂。
「勝った!!」
色々と丸出しでげらっちゃが高らかに拳を握る。
「く…っ、悔しい…!!」
同じく色々と丸出しのたんすにゴンが膝をついてうちひしがれる。ほんのわずかな差で負けた。
「なにやってんだあれ」
ぶるべりんが冷静に一言。全裸だが隠す気はない。
そのフライング剣は平均程度の大きさだ。
「……さぁな」
シアランが肩を竦める。左手のグローブを外した。剥き出しになる義手。
機械の左手は水につけても問題はないというが、やはり長くつけることは避けるべきだろうかと思案を巡らせる。
「小ぶりは小ぶりでショタ需要があるよ」
特にボクみたいなものを買おうとする連中にはね。
シルヴェスタが慰めにもならない言葉を吐いた。
「ところで裸のお付き合いしない?」
同じ大きさだと確かめ合っていた双子にシルヴェスタが声をかける。
2人まとめてなら3000カマだよと言い添えたが却下された。
「そういう趣味じゃねーし」
「えぇー…何事も体験だよ」
ねぇ、とシアランに話を振るが、黙殺された。
「なぁなぁぶるべりん」
シルヴェスタを置いてアイアンがぶるべりんに呼びかけた。
大浴槽に浮いている二つ切りの柚子を水面から拾い上げる。
「じゅう子!!」
「あほか!!」
二つ切りの柚子を両胸に模す。直後ぶるべりんに殴られた。
「アイアンお前何やってんだよ」
はぁ、とばきゅんが溜息を吐いた。馬鹿な片割れを持つと悲しい。
「いいかアイアン、一発芸というのはこうやるんだ」
ばきゅんが同じく柚子を水面から拾い上げる。
アイアンが持ったそれよりも大振りな二つ切りのそれを胸に当てて。そして。
「ロッタ嬢!!」
シアランに左腕で殴られた。


そんな男子の馬鹿騒ぎをよそに、女子風呂は賑やかだ。
「髪あげたロッティって新鮮ー」
湯に浸からないように、シャルロッタが髪を上げている。
いつも下ろしている髪が見慣れない格好になっているのはじゅうじぐも同じだ。
彼女もまた、長い髪を髪留めで結い上げている。
「頭巾取ったシャアラも新鮮だよね」
「そう?」
シャアラが記憶をたどる。言われれば、普段頭巾を外すこともない。
請われれば外すが、言われなければスーラムの伝統に従ってかぶりっぱなしだ。
短く揃えた薄い水色の髪は結わなくても湯に浸かることはない。
「それで、ロッティはどうしてそんな深くまで浸かってるの」
柚子とは別に何か入浴剤を入れたのだろう。湯は薄黄色に濁っている。
シャルロッタはそこに首まで浸かっている。少し水面に波が立てば、うなじのあたりの髪は水に濡れるだろう。
「肩くらいでいいじゃない?」
「ちょ…いいじゃないですのっ、きゃ!」
シャアラにあっと言う間に肩まで引きずりあげられる。
水面から引きずり出されたシャルロッタの、湯に温められて上気する肌の上に散る鬱血痕。
「……なんかごめん」
首まで浸かる理由がよくわかった。そして非常に気まずい。
シャアラが手を離すと、シャルロッタは元の位置まで身を沈めた。濁った湯の中に沈んで鬱血痕は見えなくなる。
「…あんまりつけるなって言えば言うほどつけますの」
「ロールキャベツ男子め…」
おおだぬきが歯噛みした。おのれ。最近露骨に肉食になってきたから困る。
もはやロールキャベツではなくポーカスベーコンの肉巻きだ。肉々しくて憎々しい。
「じゅう子は?」
「ノーコメント」
水面から肩を出してはいるものの、胸元は出さない。つまりそういうことだ。ぶるべりんもげろ。
「あれ? シャロンは?」
そういえば、あのエカフリップの姿が見えない。いつもはしゃいでいるというのに。
話題を逸らそうと視線を巡らせたじゅうじぐが、早々に体を荒い終えて浴室から出ていこうとするシャロンの姿を見つけた。
「シャロン、入らないの?」
じゅうじぐが首を傾げる。びくりとシャロンの肩が跳ねた。
「だって、お湯!! お水!!」
嫌だとシャロンが断固拒否を示す。
毎日のシャワーだって逃げ出したいのを我慢しているのに。風呂に、水に全身浸かるなんて。
考えるだけで父譲りの真っ黒な毛が白く変色しそうだ。
「はいはい。せっかくの柚子風呂なんだから入りなさい」
シャオリーが素早く娘の首根っこを掴む。
母は強し。娘の抵抗もなんのその。シャロンを素早く浴槽に投げ込んだ。
「にゃああああああああ!!!!!!!」
シャロンの大絶叫が響いた。


みんな、風邪ひくなよ!!