「タナバタ…って、なに?」



「そっか、ミズハは初めてだもんね七夕。今日は七夕っていう特別な日なんだよ。」
「とくべつな日?」
「うん、元は豊作を祈る祭りに乞巧奠とかが習合したものと考えられていて古事記の淤登多那婆多や日本書紀の乙登多奈婆多に因んで奈良時代から」
「…えっと、もう少しわかりやすく教えてほしい、な…。」

「ほら、これにお願い事を書くんだよ。」
ペラップにもらってきた細長い紙を、少年は片方少女に渡す。
うきうきした少年に手をひかれて、二人は近所の林に入って行った。
ほとんどは普通の木ばかりだったけど、少年には毎年お世話になる馴染みの笹がある。
ほどなくして、二人の二倍くらいの丈の笹が現れた。
「…なんか、いっぱいくっついてるね…。」
「あ、えーと…あはは、毎年くくってたからね…。」
低いところにある笹の枝にはすでにいくつもの短冊がくくりつけられていて、つけるところはなさそうだった。そのどれもが『ギルドに入れますように』。少女は思わずくすりと笑った。
「わっ、笑わないでよー!」
「ご、ごめんね。だって、ヒカトらしくて。」
ちっちゃいころから一生懸命、おんなじ願い事ばかりしてきたんだろうなぁ。そう思うとなんだか微笑ましかった。それが15歳まで続くところも彼らしい。
「でも、この願い事叶っちゃったね。」
「あ、そういえばそっか。…そっかー、叶っちゃったんだー。」
とまどったような微妙な顔をして頬をかく少年。
夢は叶うと、叶うまでの情熱ももう終わり。それがなんだか、長く願ってきただけに少しだけ寂しかった。
「ミズハはもう考えた?」
「うん。さっき考えて、書いてきたの。」
少女は一歩進んで、少し背伸びをして短冊をくくりつけた。
短冊の群から頭一つ高い所に、新しい短冊が、ひらり。
「なんて書いたの?」
「…言っても願い事叶わなくならない?」
「ならないよ。教えてもらっていい?」
少女は白い頬を少しだけ、桃色にした。

「ずっと、このままでいられますように。」

「…こ、このままって…」
自分と少女のことなのかと、思わず心臓が跳ね上がる。
「このままはこのままだよ。ギルドで仕事して、みんなでいろんなとこ行って、えっとそれから…」
「……すごく広い意味だったね。」
わずかに肩を落とした少年に、少女は首をかしげた。

「だって私、今がとっても楽しいから。」
少女の小さな口元に、ほころぶような笑みが浮かぶ。
「だから、いつまでもこのままでいたいの。」

その微笑みのせいで首まで真っ赤になった少年。
少年の願い事も、自然とひとつにきまっていた。











「どっどれがいいか迷うですっ…ピンクの紙もかわいいし黄色の紙もかわいいし」
「とっとと選ばんか馬鹿ッ!」
「狽イごごごめんなさいいいいいいっっ!!!」
揺れる草木もすっかり深緑色になって、今年も7月7日がやってきた。
この日はいつも任務はオフ。ミズハの提案で、今日は七夕のお祭りだ。
「…なんていうか、毎年おなじやりとりしてるよねあの二人。」
「そうかしら、だんだんライラのツっこみが優しくなってきたような気がするけど。」
「ミズハの気のせいだと思うよ…?」
あの高慢女に優しさなんかあるもんか、と心の中で呪詛を吐く。その黒いオーラを見透かされたのか、ミズハにくすっと笑われてしまった。
「わ、笑わないでよミズハ…。」
「…ふふ、それも何回目かしらね。」
「え?」
「ひとりごとよ。さ、ちゃっちゃとかけてね。終わったら主力メンバーは鍛練の時間よ。」
こんなときでも鬼隊長なミズハに思わず苦笑する。主力メンバーね…レイナいるけど思いっきり火使っていいのかな。察したのか遠くからレイナの泣き声がきこえてきた。
すっと一歩踏み出して手近なところに短冊をかけるミズハ。あの頃は大きかった笹も今では自分の身長程度。目線より少しだけ上にかければ、自然と笹の頂点になった。
笹の下側にはやけに短冊が密集している。
それが何かわかっている二人は、思わず顔を見合せて、噴き出した。
「…ねぇ、ミズハの願い事は?」
「秘密よ。」
「ちぇ、今年もかー。それじゃあ僕も秘密だね。」
お互い、素直に胸のうちを明かすほど単純ではなくなって。
くすっとほほ笑む口元には、秘め事の狡さがにじむようになって。
それでも。
それでも。
青年になった少年は、未だにぎやかな周囲をそっとふりかえった。

「…ずっと、このままでいられますように。」

諦めたような微笑みで、誰にも聞こえないように囁く。
叶わないと、もうわかってる願い事。


fin.