それが、
時狩りと並んで語り継がれる、二つ目の悪魔の所業
『同族狩り』
だった。

ディアルガに仇なす者と、同じ種族の者を全て処刑する。
ただ普通に暮らしていても、流れる血によって処刑されることがあり得る。
この報せに民衆は戦慄し、同種族を激しく警戒する風潮が生まれた。
それこそが…赤い瞳の思う壺だと、気づかぬまま。
以降、反逆者の数は格段に減った。
団結していた革命軍も、ただ胸の内を探り合う群れとなり果てた。
最高492回執行可能な処刑。
実際に行われたのは、後にも先にも1回きりだった。

この日、大陸から、"ジュプトル"が絶滅した。








「…入りますよ。」
形だけのうかがいをたててルワーレは少女の部屋に入った。
それなりに調度品の整った、清潔感のある部屋。椅子にかけている少女は窓の外を見ていたが、緩慢に視線をルワーレへと向けた。
「…終わった、みたいね。」
「えぇ、御苦労さまでした。あれだけの人数を大陸全土から探しだすのは大変だったでしょう。」
黙する、少女。男は尚も続けた。
「ありがとうございます。貴女がいなくては、あの処刑は実行できませんでした。」
…青い前髪が、少女の目を覆う。
引き結んでいた口元を、ゆっくりと開いた。
「…駒ですから。」
「…くく、殊勝なことで…。」
ルワーレは愉しそうに、嗜虐を込めた目で見やる。
「窓からちゃんと見えました?なかなか…いい見世物でした。貴女は気になりませんか?"処刑"を受けた哀れな男のこと。」
「………。」
「その男…考古学者、だそうですよ。」
全てわかった上で、この男は言っている。
少女は窓に目を向けて、別に、と言った。
「…"犠牲者"に、興味はないから。」
背後から蛇のようにねとつく笑い声が聞こえても
少女は聞こえない振りをした。全部全部、聞こえない振りをした。
「…くくくく、やはり貴女は面白い。ひとつ教えてあげましょうか…あの男は、殺しませんよ。」
少女は、振り向いた。黒い目でじっとルワーレを見る。
ルワーレはもったいぶるように背を向けて、背後の扉を押しあけた。
「脅威になりうる古代遺跡はまだまだある…あの男の知識は、有用なんですよ。」
少女の眉間が、かすかに顰められた。痛みをこらえる顔にも似て。
それに…と、ルワーレは目だけで少女を見やった。

「ああなれば、死んだも同然でしょう?」

…ぱたん。扉が、沈黙した。






リヒルト・シュテンバーグ、貴方は生かしてあげましょう。
その代わり、貴方はこれから我々の管理下に置かせていただきます。
逃亡も自殺も、許可しません。許可していない行動は、とらせません。
貴方はただ、我々の命じるままに

ディアルガ様の、駒となればよいのです。



5日間、返事の猶予を与えられた。
その5日間は痺れ粉漬けで、人形のように牢に横たわっていた。首も手首も切れないように、舌を噛み切ることがないように。
全ての自由を奪われた状態で、動かせるのは脳だけ。
文字通り、考えるためだけの5日間だった。
(…師匠。)
喋れない口の代わりに、頭の中で。
(師匠。)
師匠。
俺はどこから間違ったのでしょうか。
遺跡を発掘したことでしょうか。
考古学者になったことでしょうか。
考古学を学び始めたことでしょうか。
貴方に出会ったことでしょうか。
生まれてきたことでしょうか。
"ジュプトル"の血で、生まれてきたことでしょうか。
『―――ねぇ、リヒ。』
あれ、師匠の声だ。
何故だろうと思ったが、それは記憶の中の師匠の声だと気づいた。

『もし、世界を危機に陥れる力を持って生まれたら、君はどうする?』

確かまだ、学者になりたてだった頃、師匠が言った言葉だった。
『え…危機って、どんな?』
『危機は危機だよ、大ピンチ。自分のせいで世界が大ピンチになっちゃうんだよ。』
『それは…。』
リヒルトは想像し、目を曇らせる。
『俺なら、死にたくなりますね。』
『…そうだね。私もそう思うよ。』
その時師匠に浮かんだのは、事実を冷静に分析する目と、少し悲しげな微笑。
『きっとそれが、"正義"というやつだ。』
その後師匠はわずかに沈黙した。
一体何があったんだろう。そう思ったリヒルトが戸惑った時、よしっと師匠は顔をあげた。
『リヒ、私は悪になるよ。』
世界を危機に陥れる人を、私は全力で愛して、全力で守りぬく。
そういう悪に、私はなるよ。

だって私は、その人に生きていて欲しいんだ。










*****

5日後の朝、連れられた男は手枷も足枷も外されていた。
血のように赤い絨毯の敷かれた丸い部屋で、ルワーレが慇懃に微笑む。
「おはようございます。ゆっくり休めました?」
男は黙したまま、動かずに直立していた。視線は床に落としていて、茶緑の前髪が金の目を隠している。
ルワーレはヤミラミ達にちらりと目くばせする。男を連れてきたヤミラミ達は、さっと男から距離を取った。
けれど身構えは油断がない。男が不審な行動を取れば、すぐに取り押さえるよう命じている。
「…さて、返事を聞かせていただきましょうか。」
「リヒルト・シュテンバーグ。私達の、駒となりなさい。」
…男は、視線を上げなかった。
その代わり、一歩、一歩。ルワーレへと歩を進める。ヤミラミ達が爪の構えをした。
けれど男は、想定外の行動を取った。

男は、ルワーレの足元に跪いたのだ。

「…"私"は、誓いましょう。」
これまで得てきた知識・技術、全てディアルガ様の為に使うことを。
行動の全て、思想の全てを、全てディアルガ様の命に準じることを。
この身とこの身に内包する全てを、ディアルガ様の駒として
ディアルガ様に、そしてルワーレ様に、惜しまず捧げることを。
「―――けれど、」
黄金の瞳が、ルワーレを映した。
「私は、リヒルト・シュテンバーグではない。」


「"私"の名前は…"ジュプトル"だ。」


真っ直ぐな金色の光は、まるで邪悪な赤眼を射抜かんとするかのように。
驚いたような絶句の後…ルワーレは肩を震わせて、笑った。
「…くくっ…はははははははっ!成程、成程、そうきましたか…。」
なんて気違いな趣味だろう。この男も、あの少女も。
まるで生ける屍。いいや、もっとタチが悪い。自ら屍であろうとする、醜き生者。
けれど。愉悦に歪む、右目。
実に…私好みの、愚かしさ。
「…いいでしょう。」
不気味に浮かぶ右の腕が、跪いた男へと差し出された。

「ようこそ、"ジュプトル"…貴方に神の加護があらんことを。」



大陸にそびえたつ、次元の塔。
そこに住まうのは、狂った神の王と
側近のルワーレ、無数のヤミラミ達、時の巫女である少女
そして
制圧の為の地図を描く、悪魔の手先の考古学者。


end.
and...