―――いやあああああッッ!!!!
なんで!?どうして私たちがッ―――
―――ごめんなさい許して、許して…ッ
お母さん!?お母さん…ッ!?―――

「…D-18ポイント。12人いるわ。」
「A軍、向かいなさい。」
「リョウカイ。」






捕らえられてから、3日後。牢の扉が開いた。
「デテコイ。」
室内に固定していた足の鉄枷を外され、両手首をはめた木の板はそのままで立たされて。
手際のいいヤミラミ達の所作を、リヒルトはただ見ていた。
生気のない目で、見ていた。
「…初めまして。シュテンバーグ博士。」
ヤミラミ達に両脇を固められ、塔の随分上まで登らされると、一人の男がリヒルトに挨拶した。
左目を唾で覆う帽子、口元を隠す衣服、見える表情は赤い右目だけ。明らかに無い腕の代わりに、ピエロのような腕が一対宙に浮いている。
丁寧な口調、傲慢な声色。名乗られなかったが、すぐに側近のルワーレだとわかった。
「手紙は読んでいただけましたかね?聞けば自らは来てくれなかったようですが。」
「……。」
「…ふふ、まぁいいでしょう。」
本題と行きましょうか、とルワーレは笑う。
リヒルトは、疲れきったように視線を落としていた。
「…古代要塞を発掘していたんですってね。」
大陸中と繋がれる、通信システムを。
その台詞にリヒルトの肩がぴくりと揺れた。
「…それが、原因なのか。」
「おやおや…気が早い。まだ何も始まってはいませんよ。」
まだ?何も?ゆっくりとリヒルトの瞳孔が縮まる。
これ以上何か、起こり得るとでも?
「まぁそうですね、確かに結論はそこですよ。困るんですよね、そんなことしてもらっては。」
ねぇ、博士。赤い瞳がゆっくりと近づいた。
「―――我々に一矢報いれるとでも思ってました?」
「…ッ!違うッ!そのためにあれを発掘してたんじゃない…!」
「でも、考えなかった訳じゃないでしょう?貴方は賢い人だ…民衆にとっての"素晴らしい"使い道、気づかなかった訳がない。」
蛇のように忍び寄る、妙に甘い声。リヒルトの心の底を引きずり出す。
同僚と時折浮かべていた、意味ありげな微笑。
…そうだ、知っていた。それが主目的ではないにしても。
苦しむ人たちを救っているかのような高揚感を、確かに感じていた。
「…そう。ようやくおわかりいただけたようですね。」
赤色が光った。嫌というほど脳裏にこびりついた、赤色。
ヤミラミ達が笑むのがはっきりわかった。
リヒルトはゆっくりと、一度だけまばたく。
そうか、処刑というやつか。
不思議と恐怖は生まれなかった。
俺も死ぬ。ただ、それだけ。
師匠も、同僚も、俺も。等しく、死ぬのだ。

「―――ほら、やっぱりそんな目をする。」

ぐいっと急に顎を持ちあげられる。
突然のことで目を瞠ると、間近でルワーレと目が合った。
「それですよ。最近反逆者も妙な悟りを開いているようでしてね、死ぬことを恐れないんですよ。」
非常に、気に入らない。
そう言う声は、おそろしく冷たかった。
「ですからね、博士…私は新しい処刑方法を、始めることにしたんですよ。」
顎から手が離れる。かつこつと、ルワーレは窓辺に寄った。
どん、と背中を押されて、リヒルトは無理矢理ついていかされる。
「…見せてあげなさい。」
ルワーレがそう命じると、ヤミラミ達がリヒルトの頭を窓から外に押し出した。
視界に広がったのは、大量の人が詰め込まれた広場だった。
石造りのひび割れた広場。相当に広い広場なのに、それでもすし詰めになる程の人数が集められ、それをぐるりとヤミラミ達が取り囲んでいた。
文字通り老若男女、ありとあらゆる人の群。皆一様に血の気が引いており、目はおびえきった様子で泳いでいた。
その集められた人たちの"共通点"に気づいた時
リヒルトの心臓は、凍りついた。
「わかりますか?"ジュプトル族"の皆さんですよ。…貴方と同じ、ね。」
悪夢が、語りかけてくる。
「本当は全員に集まっていただきたかったんですが、広場が狭いもので。残りの方は居住地で、うちのヤミラミと共に待機してもらっています。」
首に、紫の爪を突きつけられながら。
大陸中の"ジュプトル族"が今、政権の牙の下。
「ねぇ、博士。」
悪夢が笑う。
「彼ら、この後。」
悪夢が、笑う。」

「"どう"、なると、思います?」

……何かが、弾けた。
腕を振り、取り撒きを弾き、足は地を蹴り。
板をはめられた両手で、腕無し男の胸倉につかみかかった。
「…何人…ッ」
猛る金の瞳が、真っ直ぐに射抜いた。
「何人殺したら―――お前らは気が済むんだッッ!!!」
師匠を殺しておいて
同僚を殺しておいて
村を丸ごと殺しておいて
許さない赦さない許せない赦せない許さない赦さない許せない赦せない
お前達のせいで、
お前達のせいでッ!!!
ばしぃッ!!
…腕に殴られて、吹き飛んだのはリヒルトだった。
当然といえば、当然。その手では掴みかかることはできても、それ以上何もできないのだから。
「…はっ…笑わせる。」
かつ、こつ。ルワーレは崩れたリヒルトに近づくと、思いきりその頭を蹴り飛ばした。
今にも噛みつかんばかりに睨む金の目も、赤の目は余裕で受けとめる。
「リヒルト・シュテンバーグ。我々がジュプトル族だけを捕らえたのは、どうしてだと思います?」
時を操る力も持たない、反逆に参加した訳でもない。ただ普通に、暮らしていただけの人達。
そんな民衆が今、死の淵に立たされているのはどうしてか。
「貴方のせいですよ。反逆者、リヒルト・シュテンバーグ。」



貴方が罪を犯したから、貴方の血族は滅びるのです。



これ以上、ないほどに。
金の目は、見開かれた。
「…立たせなさい。」
「リョウカイ。」
命に応じてヤミラミ達が群がった。リヒルトは初めて…恐怖に怯えた。
「ひッ…やめろッ!!!やめろッ!!!!」
「そのまま窓へ。」
「離せッ離してくれッ!!!いやだ、嫌だッッ!!!!」
「さぁ…御覧なさい。」
暴れるリヒルトを取り押さえて、無理矢理に引きずっていくヤミラミ達。
足から力が抜ける。腕ががたがたと震える。抵抗も空しく、頭は押さえられ窓の外へ。
眼球が落ちそうなほど見開かれた目が見たものは、
無数の紫の爪が、ぴたりと民衆の首につきつけられて、

「―――始めなさい。」







一瞬の、静寂。
吹き上がった、赤い、色。