異世界にでも迷い込んだのだろうかと、本気で思った。
見たことのない景色。知らない景色。
ここはどこだろうと、戸惑った。
でも
ぎこちなく振り向けば、自分が来た道が視界に入る。
よく見なれた、よく知った、馴染みある、道。
頭は勝手に情報を受信して。導き出される、方程式の解。
この道の先は、師匠の村だと。

ぽっかりと拓かれたこの空地は、師匠の村だと。

「……師匠?」
呼んだ自分の声が、かすれて、上ずっていた。
耳から全身にざわりと寒さが広がる。リヒルトは、闇雲に走りだした。
「―――師匠…ッ!?」
…夢でも
見ているんじゃ、ないのか。
木屑の山、瓦礫の破片。なにもない、なにもない空き地。
ここには家があった。ここにも家があった。ここにはパン屋があって、ここには酒蔵があって。
頭で描いた地図が、一瞬だけ幻覚を映すけど
次の瞬間には、そこにあるのは瓦礫だけ。
低い背で連なる、瓦礫の山。空が広い。とても広い。
足元まで満ちてくる、巨大な空に潰される。
足は無意識に、師匠の研究所へと向かっていたようだ。
そこもやはり跡形もなく、粉々に砕かれていて。
でも、その隣に
今までとは違うものを見つけた。

黒く、こびりついた、赤。

蟲が異様に群がるその場所は
どうしてそうなったのか、想像もできないくらいに
滅茶苦茶な赤色が、ぶちまかれていた。
「―――――――――。」
どっ、という、音がする。
地に膝をついた音だと、後から気づいた。


『リヒ!見てくれよすごいものを―――』
なんだこれ。
『何言ってんだリヒ、君が―――』
なんだこれ。
『頼んだよリヒ、私に浪漫を―――』
なんだこれ。


何だ、これ。





「トキガリ サ。」







「ッ!?」
ざっ、とマントを地に擦って振り向いた。
誰もいない空間をリヒルトは凝視する。今、今。声が聞こえた、気がしたのに。
「…リヒルトッ!!」
次の声にまたびくっとしたが、それはついさっき遺跡で別れた同僚の声だった。
「ぜぇっ、は…やっと追いつけた…。」
「おま、え…何故ここに…?」
「お前追ってきたに決まってんだろばーか……立てる、か?」
そこでリヒルトは、自分が地に崩れていることを思い出す。
さっと立ち上がりたかったが、立てなくて。結局同僚の手を借りてしまった。
「あぁくそ、なんだってんだ今日は…まるで悪夢だぜ…。」
周囲を見て、そしてリヒルトの目を見て呟く。言わなきゃいけないことが、喉につかえて出てこない。
後輩から手渡された、紋章付きの封書。渡すべきそれを、同僚は握って潰した。
「…リヒ、今すぐ逃げろッ!」
「な、え!?」
「もう時間がねぇ、しょげてる時間すらねぇんだっ!すぐ逃げろ!お前のことを政権の連中

が、




…ずる
どっ



さっき 見たのと 同じ色。
それが リヒルトの視界を埋めた。
同僚の口が止まる。同僚の目が見開かれる。赤い線。閃く赤い線。
落ちた身体。
落ちた、首。
「リヒルト シュテンバーグ ハカセ ダナ?」
それを描いた者は、同僚のすぐ背後。
機械音声を響かせ、宝石のような目を向けて、紫の爪を突きつけた。
「ルワーレサマガ オヨビダ。」

同じ色の爪が
リヒルトを、取り囲んでいた。