どう出会ったかなんて忘れてしまった。随分と子どもの頃から知っていた気もするし、ある程度学生になってから出会ったような気もする。
とにかくその人は、洞窟から不思議なものを見つけてくるのが大好きで。
遥か昔のものらしい石ころ、何書いてるか読めないぼろぼろの紙。そんなものであふれ返ったその人の部屋が、俺は大好きだった。
それが俺の、考古学の始まり。
俺はその人をいつしか、師匠と呼んだ。
『リヒ!リヒ!見てくれよ、すごいものを見つけたんだ!』
『これは…地下通路?』
『明かりを遠い地に届ける設備だよ!もう何千年も前のものなのにこんな技術があったなんて!遠いところと通信できる初めてのシステムだよ!』
『…すごい…。じゃあ発掘に向かうんですか?』
『何言ってんだリヒ、君が掘るんだよ!』
『え!?』
『だって君はもう立派な学者なんだから、チームも組めるし人員の投入できるだろう?頼んだよリヒ、私に浪漫を見せてくれよっ!』
普段は穏やかな人なのに、遺跡の事となればもう子どもみたいだ。
そうして師匠から受け取った図面。
今までいくつもの遺跡を発掘して研究してきたけれど
これは特別な、特別な発掘。

師匠に浪漫を、見せたいな。
そう思うとつい、顔がほころぶんだ。

『それじゃあ師匠、俺は研究所に戻りますね。』
『あぁ、身体に気をつけるんだよ。…って、あれ?』
『?』
『狽、わっ、しぃ!みぃ!なにやってるんだーッ!!』
最後に会った時、初めて俺は師匠が慌てふためくところを見た。
なんだろうと思ったら、師匠は村の外れに流れる川へ突っ走って行った。
遠くてよく見えなかったが、何やら幼い女の子が二人、小さなボートに乗って流れてる。
『…あれは…?』
『ふふ、うちの娘ですよ。』
そう答えたのは師匠の奥さん。長い髪が風と戯れる。
『娘さんがいたんですか…。』
『リヒルト君は主人と我が家で会ったことありませんものね。いつも研究所の方でしょう?』
『そういえばそうですね…しぃちゃんとみぃちゃん?』
『えぇ。なまいき盛りの双子なのよ。』
ここからでは遠くて顔も見えないけれど、二人の乗ってるボートはゆらゆら揺れながら川を下っていく。それを師匠が全速力で追っているのがよく見えた。あ、師匠いまこけた。
なるほど。生意気盛りの娘に手を焼く父親。
初めてみる一面だったけれど、リヒルトは思わず噴き出した。
『可愛いですね…。名前、聞いてもいいですか。』
『あら、名乗らせたこともなかったかしら。今度会う時は二人に挨拶させなきゃいけませんね。』

『名前はね、姉が   で、妹が   ですの。』





「…キガリだってよ。」
ふいにそんな声が聞こえてはっとする。
気がつくとリヒルトは発掘現場から随分離れていた。師匠の住む村はもう目と鼻の先。ずいぶん長い間物思いにふけっていたらしい…同僚に見つかったらまたツっこまれそうだ。
「ひどいもんだねぇ、いつだったかねそれ。」
「昨日か一昨日くらいじゃないかい?ついこないださ。」
「かわいそうに、いいところだったのにねぇ。」
それにしても妙にざわついてるな、とリヒルトは小首を傾げた。
この道で人にすれ違うことはよくあるが、今日のように道端で立ち話をしている人を見かけるのは初めてだ。

「本当に酷いもんだね、時狩りってのは。」

………え?
ぽんと、唐突に聞こえてきた台詞が、よくわからない。
待って、今なんて?トキガリ?時、狩り?
だってその指差す指が
指している、その先は。
「…?おい、兄ちゃんッ!?」
立ち話していたおじさんが声をあげた。だけどリヒルトには聞こえていない。
息すら思考すら忘れたまま、リヒルトは村へ走った。
この道の先には小さな村。
水ポケモンが集落を成す、名もなき小さな村。
そこにはきのこのようにぽつぽつと立つ家々があって、ぼろい倉庫のような師匠の研究所があって。
師匠がいて、いつも大発見を見せてくれる師匠がいて、奥さんがいて、穏やかで優しい師匠の奥さんがいて、あぁそうだ、双子の娘さんがいて、元気いっぱいの双子の娘さんがいて。
この道の先には、





なにも、なかった。