"ディアルガ"の名を冠す、ディアルガ族現当主。彼女はロゼッタ・A・ニヴルヘイムという。
幾千年も昔からこの地にいる、時を司る神だ。昔と違うのは、神でありながら、この地の帝王として君臨していることだ。
すでにその瞳に正気はあらず、時の力は歪に歪み、人格が崩壊し、言葉すら紡げないという。唯一の側近であるヨノワール族・ルワーレ、そして無数のヤミラミ達を従えて、狂気の王は暴走と荒廃を続けていた。
最初に始めたのは"時狩り"だった。自分以外に時を扱う者を、王は恐れた。
時渡りの一族、一部のエスパー系一族、少しでも時に関する技を持つ者。ヤミラミ達の爪の音が、絶え間なく地下に響く。
そして、処刑者の住んでいた集落は、一夜にして地図上から消えるのだった。
狂ってる。誰もがそう思った。
これはもう神ではない。いつからか大陸にそびえる塔を指差して、"政権"と呼ぶようになった。
こんな壊れた時しか紡げないなら、そんな神は、我らにはいらない。
日増しに高まる声高な怒号。政権と民衆がぶつかるまで、すでに秒読みだった。

その頃
ひっそりと、滅ぼされた一つの集落があった事を
人々は、気づかなかった。







「…ん?」
「どーしたリヒルト。」
「ここ、図面と違うぞ。」
リヒルト達は、茶に焼けた紙を丁寧に広げる。
それは古代に記された、この地下通路の設計図。発掘作業を進めるリヒルト達には、大切な大切な地図だった。
「ほんとだ、なんか変だ。」
「ここ以外にも3ヵ所、図面とのずれがでてきているな。」
「あー、それはちっと問題かもなー。」
「だな。…よし。」
リヒルトは脱いでいた茶色のマントを羽織って、現場から離れだした。
「ちょっ、リヒルト!どこ行くんだよ!」
「師匠。」
「は!?」
くるっとリヒルトは一回だけ振り向いた。
「師匠のとこ、行ってくる。」
それだけ言うとリヒルトは早足で行ってしまった。
ぽかんとそれを見送った同僚は、やがてくつくつと笑いだす。
「…くっく、ガキかおめー。」
嬉しそうな顔しちゃってまぁ。
やれやれ息をつき、煙草の一本でも吸おうかと思った、時。
「…先輩ッ!」
チームの後輩が何やら、息をきらして駆けてきた。
「ん、なんだどした。」
「リヒルト先輩はいませんかッ!?」
「いや、行っちまったけど…。」
どうした?と声をかけるも、後輩は唇をわななかせるばかり。
声も出ない後輩は震えて目を伏せながら、一通の封書を差し出した。
青い歯車の紋章が入った、一通の封書。





「…成程?賢しいことを…。」
話を聞いた男はそう言った。帽子と衣服によって表情が読みにくいが、唯一露わな赤い右目は笑んでいた。鼠を前にした猫のように。
「…今一番ディアルガの脅威となる事象はこのくらいだわ。」
静かな声で言う少女。次の瞬間、衝撃と共に少女の身体が飛んだ。
「……ディアルガ様、でしょう?言葉遣いを正しなさい。」
「…申し訳ありません。ディアルガ様、ルワーレ様。」
少女は痛む肩を押さえながらも、努めて冷静に返した。宙にはピエロのような奇妙な腕が浮いている。腕を持たないこの男の、趣味の悪い義手。
「まぁいいでしょう。情報が確かならば…それはおそらく連中の切り札。」
大陸中に張り巡らせた古代遺跡。
それは遥か昔に作られた、遠い地に光を伝える管。
細い通路の入口は各地に点在し、そこから中を覗きこむことができる。どこかの入口から光を射しこめば、巧妙に仕掛けられた鏡によって全ての入口に光が届くという仕組みだ。
この光の管を使って、例えばモールス信号のような暗号を届けることができるとすれば。この大陸において初めての、相手とリアルタイムで意思疎通ができる画期的なシステムとなる。
遠くにいる革命者同士が素早く連絡を取り合い、連携をとって塔を攻め込むことだって
不可能では、ない。
「発掘はどの程度進んでいますか?」
「…半分。現段階なら機能は…できません。」
「それなら話が早い。」
くくっ、とルワーレはこもった笑い声を洩らした。

「研究チームの頭さえ、黙らせればいい話。」