「その必要はないわ。私は、降伏する。」
いやに広すぎる空と、無数に向けられた紫の爪と、腕なし男の真っ赤な瞳。
少女は何を想って決めたのか。
けれどこれだけは確かに言える。
少女は、世界を彼らに売った。
「私…ミズハ・ミソラギは、貴方達の、駒となりましょう。」



本当の名前なんてなんの意味があるだろう。
今生きている自分にすら、意味を見出すことができないのに。
故に少女は、男は、今は亡き名前を背負う。
死の棘を心臓に突き刺しながら、それでも二人は生きていく。

a survivor

生きるとは、逝きし日まで疾る事。






*****

「おーい、リヒルトー。」
茶けた石にまみれた乾いた地。こつこつと石を掘っていた男は呼ばれて振り向いた。
「なんだ?もう昼食か?」
「ばっか、時計見ろ。昼どころかもう夕方だ。何時間掘ってるつもりだよお前。」
「え…うお、本当だ。ついつい…」
「ついつい時計見るの忘れていた、ってか?ったく何回聞いたと思ってんだその台詞。」
リヒルトと呼ばれた男は、立つ瀬がなさそうに苦笑いを浮かべた。
考古学者である彼らは今まさに、古代の遺跡発掘の真っ最中。
代表であるリヒルト・シュテンバーグを含め、研究チームは計6人。大体は学生の頃からゼミでつるんできた連中だ。だから会話もこの通り、とても気安いものだった。
「そうか…何か胃に不思議な感触がすると思ったら、腹が減ってたのか。」
「あほうッ!その段階で気付け!」
代表のリヒルト・シュテンバーグは、ある意味とっても学者らしい男で。
研究においてはとびぬけた頭脳を発揮するが、それ以外の事にはこの通り。研究に没頭すると周りが見えなくなるいい例だ。
もっとも、この抜け具合というかボケ具合が周囲に親しみを持たせているのも確かで。リヒルト自身少々口数は少ないが温かい人間なので、彼の周りには自然と人が集まるのだ。
「…んで?調子はどうだ?」
同僚の声が少し低くなる。真剣になった、というより、悪だくみの相談をするような声に。
「…あぁ、順調だ。」
対するリヒルトの笑みにも、うしろめたい事への高揚が滲んでいた。
こつり、とリヒルトが岩壁を叩く。音は揺れながら四方に反響した。二人が今いるのは、地下数m程の深さにある細長い空洞。細さは大人が腹ばいになって通れる程度しかないが、それは通路のようにどこまでも長く伸びていっている。
リヒルトが小さなペンライトを取り出した。スイッチを入れれば細い光が灯る。それを通路へと投げかけた。
通路の奥で何かが光った。それは鏡だった。角度を調節されてとりつけられた鏡。そんな鏡がいくつも通路の中で光り、ペンライトの光を奥へ奥へと届けていく。
鏡は、リヒルト達がつけたものじゃない。
リヒルト達は磨いただけだ。
古代の賢人達が残した遺産を、ただ、手入れしただけだ。
「…手伝いを募集しただけのことはあるな。作業が早いぜ。」
「あぁ、報酬もないのに皆頑張ってくれている。俺達6人だけじゃとても手に負えないからな。」
「報酬、か。報酬はこいつそのものじゃねぇの?」
光を届ける通路。大陸全土に伸びた古代の遺産。
その使い道は、心震えるものだった。

「こいつを使えば、ディアルガ政権崩壊だって夢じゃないぜ…!」