じぃ。
黒いつぶらな瞳と見つめあうこと数十分。
場違いな程真剣にリヒルトは手にしたそれをを凝視していた。真剣になると人相が悪くなるタチなのか、隣の子どもが不審げに見上げている。
「…意外とファンシーな趣味をお持ちですね。」
「うぉわあッ!?」
びっくぅ、と跳ねた勢いで手から落としそうになったところを慌ててキャッチ、ぜぇはぁ言いながら抱きとめた。その腕に抱かれているのは身長15cm程の、白くもこもこしたテディベア。
意外と似合っているその姿に、驚かせたルワーレはくすくすと笑った。
「今晩はリヒルト、奇遇ですね。何もそこまで驚かなくたって。」
「な…なんでこんなとこにいるんですか先生…っ」
駅付近、大手デパートのギフト売り場。まさかこんなところで教授とゼミ生がばったり会うなんて。思いもよらない偶然にリヒルトはげんなりしルワーレは上機嫌だった。
「用事があっただけですよ。しかし私も幸運ですね、まさか聖夜に貴方と偶然出会えるなんて。」
あんまりにも似合わない単語にリヒルトはうげっとなった。
「…普通にクリスマスと言え。寒気がする。」
「それは大変。あたためてさしあげないと。」
「結構だッ!」
「相変わらずつれないことで。せっかく会えたんですし、少しその辺一緒に歩きません?」
「え、あー…。」
リヒルトは手元のぬいぐるみとルワーレを交互に見て、うなった。
確かにこの人の多い街の中、一人で出歩くよりは誰かと歩いた方が性に合ってるの、だが。
「悪いが…今日はちょっと、」
「嫌ですよ。今日じゃないと。」
厚手の手袋をはめたその手を、ルワーレは軽やかに攫う。
そのまま歩きだされてしまったので、リヒルトは引きずられる格好となった。その強引さに頭痛がしながらも、重い溜息一つで呑み込んだ。
(…まぁ…いいか、少しくらい…。)
基本、誘いを断るのは苦手なのだった。
ギフト売り場のあった6階からエスカレーターで下へ下へ。途中で過ぎた1階の窓からは、ビルの隙間に覗く薄青の空が見えた。寒ささえなければ、冬の晴空は淡くて綺麗だと思う。そういえばまだ2時になったくらいか。
「…って先生、どこまで行くんですか?」
「あぁすみません。地下の方です。ちょっと用事に付き合って頂いていいですか?」
それは別に構わないけれど。リヒルトはルワーレの全身を眺める。
街に出ると時折見かける、シンプルだけど洗練された格好の人間。目の前のその姿はまさにそれだ。そこからイメージされる行先は、上の階にある服飾店だったのだが。
地下の2階でエスカレーターは終わる。そこは食料品フロア。他より一層混みあったそこを二人はてくてくと歩いて。
目的地に着いたルワーレは重たく溜息をついた。
「………めんどくさ…。」
「あー…お歳暮、ですか。」
これも冬ならではと言えば冬ならでは。ぎしぎしと棚に積まれている発泡スチロールに段ボール。蟹やら料理油やら洗剤やらのポスターが大量に目に飛び込んでくる。
「これさえなければ冬は過ごしやすいのに…誰ですか師走なんて単語作った輩。」
「文献で調べてみたらどうですか。ていうか…時期的に遅いでしょう先生。」
「いーんですよこんなの最後の最後で適当に選べば。」
よくないと思う。
しかしこの人混みと物のごちゃごちゃ具合は耐えがたいだろうなー…と、一匹狼な担当教授を横目で見た。大変だな社会人。当然贈る相手などいないリヒルトは気楽にその様子を眺めていた。
「…あー…5000円台がこの人とこの人で、3000円台が…あれこの人どんなの貰いましたっけ…。」
適当でいいなんて言う割には結構頭を使っている様子だ。
なんだかその様子が妙に新鮮で可笑しく、リヒルトは思わずくすくすと笑ってしまう。
「…ってリヒルト、何笑ってるんですかっ!」
しまったバレた。むにーっとゆるく頬をつねられるが、笑いは止まりそうにない。
「いやあの、あははっ…先生意外と普通の人っぽいなぁって…。」
「なんですかそれっ。貴方今まで私にどんなイメージ抱いてたんですかっ!」
「少なくとも普通とは言えな…あ。」
ルワーレが手に取っている、丸い缶箱にリヒルトはしがみついた。
「おっ…お歳暮にクッキーなんてあるのか!?」
「!? あ、ありますけどそれが何か…?」
「…先生俺にはお歳暮ないんですか。」
「ある訳ないでしょうッ!本来これは世話になった人間に贈るものですよ!?」
「たった一人のゼミ生としてアカハラにもセクハラにも負けずゼミを存続させてるじゃないですか…。」
「なんてことを言うんですか公共の場で。ほらもう人聞き悪いこと言わないでくださいよ、ないったらないです!」
人聞き悪いというか8割以上事実なのだが。ルワーレは器用にリヒルトから缶箱をもぎとる。
がーんと額に縦線を入れたリヒルトは、ふらふらーとお歳暮売り場を離れた。視線の先にはデパ地下特有の高級お菓子エリア。
「そうか…先生にとって俺はその程度の存在だったんだな…毎日毎日心も身体もぼろぼろにされてそれでもなんとか耐えてるというのに…。」
売り場のおばちゃん達がなにかひそひそと話し始めた。
…額に手を当てたルワーレは盛大な溜息をついた。
「わかりました、わかりましたよリヒルト……要求はなんですか?」

結局お歳暮は選び終えたけれど、余計にかかった2、3000円がルワーレの頭を痛めた。
その原因であるゼミ生は幸せそうにデパ地下プリンをはぐはぐ食べている。
デパ地下にイートインスペースなど無いので、二人はその近くの公園へと出向いてベンチに腰かけていた。ここなら飲食を咎められることもない。隣に座る彼は寒さが天敵だったはずだが、大好物に意識が向いていて気にもしてないのだろう。
立ち並んだ枯木にはどれも電飾がかけられ、薄青い闇の中できらきらと瞬いている。この街では有名で定番なデートスポット。…なのだが、ちっとも雰囲気を感じないのは気のせいじゃないはず。
「やれやれ…貴方の甘党にも困ったものですね。」
「…?せんせいも食べまふか?」
「結構ですから好きなだけお食べなさい。」
思いっきりずれた答えにルワーレは脱力した。
けれど…このやりとりで可愛いと思ってしまうあたり、勝敗は決しているのだろう。
「ねぇ、リヒルト。好きですよ。」
…げほっ、とリヒルトがむせた。
「……今日までそんなことを言いますかこの変態教授。」
「クリスマスに愛を告白しちゃいけません?」
「だからその矛先が間違ってるだろう矛先がッ!女性に言えッ!」
「理解ができませんねぇ、愛しい人は他でもない貴方なんですから貴方に言わなくちゃ意味がないでしょう?」
…よくもそんな歯の浮くようなことをつらつらと。
返す言葉もなくなったリヒルトは首から耳まで赤くなった。いやあのこれは言われた台詞が恥ずかしいからであってそれ以上の意味はなにもなくてっ。
「おやおや…ふふ、そんなに寒いですか?真っ赤ですよ?」
冷えた指がすぅと伸びて、熱を持った頬を撫ぜる。冷たいと思ったのは一瞬で顔はますます熱くなる。触るなこの変態、とはねつけたかったが至近距離の赤い瞳に言葉が吸われた。
「ねぇ、リヒルト。好きですよ。」
同じ台詞が耳に届く。先刻よりも妙に甘い音で。
「え…あ…。」
だくだくと心臓が五月蠅い。言葉が鼓動に分解される。結局出てくるのは言葉にならない音ばかり。
魔術のように囚われて動けなくなる、感覚。
抵抗という抵抗が、溶かされ消されてしまい、そう。
―――…ごーん、ごーん。
低い、鐘の音が響いた。それはこの公園にある時計塔の鐘の音。もちろん本物ではなく、スピーカーから流れる効果音だが。
はっと我に返ったリヒルトは反射的に時計を見やる。
真っ黒な時計の針は、6時をさしていた。
「…あああッ!!」
かこーんっ。まだ中身を残したプリンのカップが手から落ちる。
しかしそれにも気づかぬ様子で、リヒルトは慌てて立ちあがった。
「えっ…ちょ、どうしたんですかリヒルト?」
甘いものを落としたことに気づきもしないリヒルト、という信じられない光景にルワーレは呆然とした。
「待ち合わせがっ、待ち合わせがもうすぐなんです…!しまったどうしようアレも用意できてないし…!」
慌てふためく彼の瞳には、もう赤じゃない色が映っていた。放置されたプリンが冷たい地面に転がる。
甘味の魔法。陥落の魔法。その全てから彼を解き放ったのは、きっと。
「…リヒルト。」
呼んで、同時に、腕を引いて。慌ててスキだらけだったリヒルトの身体は簡単に傾ぎ。
すっかり冷たくなった頬に、口づけた。
金の瞳が尚一層、見開かれたのがよく見えた。
「メリークリスマス、リヒルト。」
にっこり。
微笑むルワーレを前に固まるリヒルトはさっきと似ていたが、決定的な違いが右手から放たれた。
ばきぃいッ!!
…手加減一切なしでルワーレを殴り飛ばしたリヒルトは、何も言えないまま疾走して去った。
「…あいたたた…。」
ぐわんぐわん揺れる頭を抱えてルワーレは起きあがった。相変わらず彼の拳は半端なく痛い。
時計の塔は6時過ぎ。何時の約束なのかは知らないが、足の速い彼ならどうせ間に合うだろう。
その塔を、存在しない鐘を見つめて、ルワーレはふっと微笑を浮かべた。
薄く青い闇のなかで、夕日を映した文字盤は橙色。






(…今年だけですよ?来年は絶対、私が奪ってみせますから。)

fin.