時乃坂大学・学生生協。
昼食からお菓子から文房具から雑誌や参考書まであらかた揃う、所謂購買だ。
その入り口にトラックが止まると購買から黒い肌の女性が飛びだしてくる。次々と段ボールを運び出し、2・3個ひょいっと抱えると彼女は購買の中へ走っていった。かなり重い荷物を抱えてるはずなのに運ぶ足取りはとんでもなく速い。後ろで一本にくくった純白の髪がひらっとたなびく。
台車も使わずに、またたく間に全段ボールを運び終えてしまった。
「おい、しょっと!これで全部だなー。」
「おつかれさまぁエクレアちゃん。」
「ちゃん付けすんなっての。チロル清掃大体終わったか?俺検品してくっからあっちの品だし頼むわ。」
「終わったわよーん。了解ーv」
チロルと呼ばれた猫耳の女性はさっとデッキブラシを片付けると、奥の商品置き場に引っ込んだ。そこからおにぎりとパンが綺麗に並んだ箱を持ってきて、がらあきの棚にてきぱき並べていった。その動きはとても軽やかで俊敏だ。動く度に紫の髪から伸びた黄色い襟足がひらひらする。
それでもその作業はなかなか終わりそうにない。少し人の増えたレジを横目に入れると、チロルは甘ったるく声をかけた。
「ごめんねぇーぴーちゃん、しばらく一人でお願いねー。」
「ぴーちゃんって呼ぶな!ういー了解ー。」
レジに立っている色黒の女性が吠える。といってもエクレアほど真っ黒ではないが。ぴーちゃんことピエゾは稲妻型のピアスを揺らしながら、手際よくレジ打ちをこなしていった。
揃いのエプロンをはためかせながら、エクレア・チロル・ピエゾの三人は今日も忙しく立ち回る。彼女たちはここ学生生協のスタッフだった。
それでもお昼の大ピークを乗り越えた生協は比較的平和だ。忙しいながらも息がつける程度にゆとりのある空気が、店内に漂っていた。

その時入口の自動ドアが開いて、たったか走る足音が聞こえた。
またエクレアが走ってでもいるのだろうか、とチロルが振り向くと。
「チロルーーー!!!」
ふわふわのポンチョを着た犬耳の少女が、その背に抱きついた。
チロルは目を瞠ったが、すぐにその顔はとびきり嬉しそうな笑顔に変わる。
「きゃーテリアちゃーん!いらっしゃーい来てくれたのーぉ?嬉しいわぁ。」
「もーまたちゃん付けしてるっスー。テリアちゃんじゃなくてテリアって呼ぶ約束!」
「あらやだ、ごめんなさいね。また間違っちゃった。来てくれてありがと、テリア。」
ひょんひょん跳ねたテリアの茶髪をチロルが撫でると、心底気持ちよさそうにテリアが微笑む。その笑顔がたまらなかったのかチロルががばっとテリアに抱きついて。エクレアとピエゾはそれを遠目に見ていた。
「毎日毎日よく飽きねーなぁ…。」
「なんつーかめっちゃ仲いーっすよねあの二人。」
「カノジョだからなあいつ。チロルの。」
「え。え!?カノジョ!?両方オンナだけどカノジョ!?うっそマジで!?どやって付き合ってんの!?」
「俺に聞くなっつーの。まぁ幸せそうなんだしいいんじゃね?」
目の前で心底幸せそうに戯れる二人を見てると、まぁあの二人はあれでいいんだろうなとエクレアは思う。
しかしよく毎日毎日けなげに来るものだ。しかもただ来るだけじゃなくて少額でも必ず何かは買っていく。前は来る時間もばらばらだったが最近はほぼこの時間に来るような気がする。おそらくチロルに余裕がありそうな時間を覚えたのだろう。
どんなに激務で疲れている時でも、テリアが来るとチロルは最高に嬉しそうに笑っていて。
………。
恋人が来るってやっぱり嬉しい、ものかな。

「…はっ、くっだらね。なんで俺がフタギに会いに来て貰わなきゃなんねーんだ。」
「なんだよ僕がどうかしたか?」

がたぁああんっ!盛大に飛びすさりすぎて棚にぶつかった。
「うぉちょってっめ…!!どっから湧いて出やがった!!」
「君は仮にも店員なのに客にその言葉遣いはどうなんだ。女性として以前に社会人として間違ってるだろう。」
「うるっせーな細けぇことをグチグチと!しかも客だァ!?てめぇが客だってのかよ!?」
「そうだよ僕は飲み物と軽食を買いにきただけさ別にそれ以外何の目的もないさ悪いかい!?」
「あーそうかよ畜生とっとと選んで買ってとっとと帰れ!」
「だからそれが客に対する店員の態度かい!?」
「うるせーてめぇ相手に接客なんかやってられっかああああッッ!!!」
大喧嘩を天然で聞き流し、ピエゾは現れた彼に釘付けだった。
「え、ちょ、マジかっけーんだけどエクレア先輩のカレシ!?」
「「違う!!!」」
ユニゾンした。しかしピエゾは怯まない。
「えーだってわざわざ会いにきてくれてんじゃん!仲ちょー良さそうじゃん!うっわーいいなぁいいなぁカレシちょーイケメン!先輩いいなぁあー。」
「てめぇ目ん玉ついてんのかこれのどこ見りゃ仲良さそうに見えんだああああッッ!!!」
「そっそうだよ根拠もない当て推量はやめてもらいたいな。僕は彼女とちょっと知人なだけでそんな関係じゃあないからな。」
「なっ…!?おっ俺だってお前なんか知り合い以下だ馬鹿!!てめぇとカレカノだの言われてこっちこそ迷惑なんだよ!!」
「めっ迷惑!?ああそうかよ僕だって君の交際相手だなんて言われたくないね!」
「俺だって願い下げだ馬鹿野郎ッッ!!!」
ますます激しく怒鳴り合う中、チロルがすすすっとフタギの背後に忍び寄る。

「で?何を買いに来たんだったかしらぁ?」
「だから言っただろう飲み物とお菓子を…!」

…あ。
しまった、と固まるフタギ。その首から頬まで赤くなる様を見てチロルはにやにや。
「…さっきと言ってる事が違うわよーう?お買いもの目的じゃなかったぁ?」
「チロル…君って奴は…。」
「はぁいはい。変な意地張ってるんじゃなーいのっ。」
とんっ、とチロルが背中を押すとフタギがエクレアの方へバランスを崩す。さすがにぶつかる寸前で踏みとどまったが、ふいに近くなった距離にお互い固まる。
両方の頬がぼっと赤くなり、
「……。」
「……。」
ぷいっと、同時に顔をそむけた。

「…ねーチロルー、あれやっぱカレカノだよなぁ?」
「ホントにねー、ほんっとおバカさんなんだからぁ。」
「エクレアとフタギは仲良しなのっスー。」
ぴょこっと生えてきた犬耳を、ピエゾはまじまじと見下ろした。

「…ねっねっ、あんたチロルのカノジョってマジ?どやって付き合うの?」
「? テリアはチロルが大好きなのっス!」



せいきょーらぶそんぐ


fin.