夕日の赤みが抜けた頃、ようやく迷える一歩を踏む。

懐かしいはずのその土地は、まるで幾百の歳月を経た遺跡のようだった。
まばらに伸びた柔らかい芝を、一歩一歩踏みこんでいく。
同じ色の草が地面から、視点に近い高さまでせり上がる。それは廃墟の一部だった。青い草に包まれて眠る廃墟達。
亡き者達の跡という意味なら、ここだって"遺跡"と呼べるに違いない。
…遺跡に眠る、か。それがブラックジョークなのかどうか、判断しかねたリヒルトは苦笑で濁した。
知らない土地に来たみたい。
モノクロからフルカラーに彩色された景色。リヒルトがそう思うのも当然で。
灰色の中でも優しさに満ちていた場所は、風と緑に染められてより一層柔らかに微笑んだ。
…不相応、じゃないのかな。俺には。
未だ馴染めない"平和"の中で、亡き師の家が、彼を迎えた。

枝を集めるのが少し大変だった。言わば今は春に近い状態なので、枯れ枝がほとんどないのだ。
それでもなんとか5本集めた。最後の一本は、申し訳ないけど手折らせてもらった。よく見れば枝の先には、小さな林檎の花が一輪。
誰にあげようかと迷って、彼の娘にあげることにした。
林檎が大好きだった双子の姉妹に、彼がよくあげていた花だ。
持ってきた紐で、枝と枝を器用にくくる。十字を成した枝は丁寧に地面へと差し込まれた。折れないように、大事に。
6本で三人分、簡素な墓標のできあがり。
思ったよりもあっさりできあがってしまって、途端にリヒルトは手持ち無沙汰になった。
(…まともに、墓参りなんてしたのは初めてだもんな…。)
言い訳だなぁ、と自覚はしていたが事実だった。そもそも墓標自体を今初めて立てた状態だ。4年あまりほったらかしだったという事実は、仕方ないとはいえ愕然とする。
4年。4年か。身近だった人と、離れた年数。生前は数か月ぶりに会う度に、互いに土産話が多かったものだ。
今は、どうだろう。
あるはずだ。言いたいこと、伝えたいこと、たくさん、たくさん。
ざぁとざわめく緑の葉。一緒にふわりと芝も揺れる。透明な風が吹き抜けて、リヒルトの髪も揺らしていった。
見上げれば空はすっかり暗い。青から群青、紺から黒。青のグラデーションから吹くのは肌に馴染む風。月が、淡い光を注いでいた。
漆黒の夜はもういない。暗黒の闇はもういない。
気づいてしまえばもう負けだった。形だけの溜息で強がる。参った、なぁ。青空の、水色の下での墓参りは避けたつもりだったのに。
その色が…彼の、亡き師の瞳に似ているなんて。

「…師匠。」
言葉より先に、零れた雫。
「また、来ますね。」




寡黙なseelenamt


(世界は生き返った。俺も生き返った。なのに。)


fin.


*****

seelenamt【独ゼーレンアムト】= seelenmesse;〈死者のミサ〉の意。鎮魂歌。= requiem