空は薄曇りだけど、注ぐ日差しは大分まぶしくなった。出歩く人の服装も軽やかだ。
未だに長そでパーカーを着ているリヒルトは若干浮いているが本人は全然気にしていない。寒がりな彼には、昼の暑さより夜の肌寒さが大敵だ。
柔らかい風がくくった髪を揺らした。芝生に寝そべれば気持ちよさそう。けれどリヒルトは無意識にスルーして学校の中へと入った。何も考えずに進んだつもりだったのだけど結局昨日と同じ場所にたどり着く。
「休講だなー…。」
目線を上げて休講掲示板をぼんやり眺める。昨日も同じセリフを呟いたことは忘れているようだ。見ている先には『担当者名:ルワーレ・マイヨール』、その横には『学会』とある。
ここ2回程、リヒルト達のゼミは休講だ。つまり2週間近く顔を会わせていないことになる。ゼミのない時までふらふら現れる輩なのでこんな状況は珍しい、というか初めてだ。
「学校来なくてもよかったかもな。」
今日はゼミ以外何も講義がないので思わずそう呟いた。家にいても暇だったから出向いてきたことはすっかり忘れているようだが。
こういう時は卒論でも進めるべきなのだろうが、何故かそういう気にもなれない。いつになくやる気がでない。久し振りに小説でも読もうかと思うけど、家にある本は全部読みつくしている。新しい本を買うお金もないし…。
そういえば、研究室には耳慣れない古典文学が並んでいなかたっただろうか。
ルワーレは手当たり次第読み漁るタイプの活字中毒で、蔵書のバラエティが半端じゃない。好きなジャンルばかり読み漁るタイプのリヒルトは普段あまり興味なかったが、こんなに暇だと読む気も起きる。好きに読んでいいですよ、って言ってたし。

「…って…当たり前だよな…。」
がっちゃんと爽やかに拒否るドアノブにリヒルトはうなだれた。
そりゃそうだよな。当たり前だよな。学会行くのに鍵かけない訳ないよな…。思い至りもしなかった自分が情けない。
(…此処が閉まってるとこなんて初めて見たなー…。)
冷たい扉は壁と化してぴったり閉め切られている。見てるとなんだか胃の奥あたりが、じりじりする。熱いような痛いような。目を逸らすようにリヒルトは踵を返す。
同時に頭の上から、声がした。
「ああ、やっぱり。こんなところで何してるんです?」
電気にうたれた足が止まる。呼吸の仕方を忘れたまま、そろりと見上げて目を瞠る。
和らいだ赤の目と見慣れた白衣。ルワーレ・マイヨールがそこにいた。
「…せん、せ。」
「お久しぶりですね。まさか此処で会えるとは思いませんでしたけど。」
「あれ、今日休講だって…。」
「ええ、さすがに帰ってすぐに講義はできませんから休講願いを出したんです。」
帰る日、教えてませんでしたっけ?そんな言葉はもうリヒルトには届いていない。
次の瞬間にはルワーレの鳩尾に体当たりが決まっていた。
「ぐほッ!?っちょ、なんですか…ッ」
「いいえ、何も。」
体当たりにしては長めに顔をうずめた後、唐突に突き飛ばしてふいっと背を向ける。
所在なさげな指が、やがて袖口をぎゅっとつかんだ。
「…本、貸してください。」
暇で暇で、しょうがなかったから。




…せいかくお題01『さみしがり』

お題拝借:207ベータ様 (既に閉鎖されたようです)