ぷしゅっと小気味いい音で、何本目かの缶ビールが開く。

「っはー、やーべぇビールうめェよビールー!」
「あー、そーいやぁこないだはビール出さなかったもんなぁ。ビール好きか?」
「好きだぜェ!たまんねェってマジ何本でもいけちまうだろコレ、ひゃっほう!」
「おー、ほどほどにしとけよ?」
「いっひひ、そういう大将もなァ。大将も結構飲んでんじゃねーの?」
だらん、と背中から両腕を蘭斗に絡めるラグナ。その手には早くも半分無くなっているビール感をぶらさげていた。
肩越しにひょいっと蘭斗の手元を見れば、先日は見かけなかった渋い色の猪口。私物なのだろうか。透明な液面に映る髪飾りがゆらりと揺れる。まるで満月のよう。妙に目が、奪われた。
「はーん、大将はやっぱ日本酒が好きかァ?」
うりうりと頬を指でつっつきながら訊いてみる。
「酒なら割となんでも好きだけどなぁー…でもやっぱコレが好きかな?」
「んだよはっきりしねェなー。」
「だって酒って大概うめぇしさ。」
「んじゃビール党になっちまいなー!ひゃっひゃっひゃ!ビールうめェぜー!」
「ちょっ、おい揺らすなって零れんだろーがっ」
こぼれそうな猪口を慌てて高く掲げると、ひょいっとラグナにかすめ取られた。あ、と言う間もなく中身を飲み干される。
「っぷはー!こっちもうめェなー。」
「おいこら何勝手に飲んでんだよ返せ!」
「隙だらけなのが悪ぃんだぜェ?悔しかったらてめぇも俺様のビール取ってみなァ。」
「言ったなこの野郎っ。」
蘭斗がばっと伸ばした右手をラグナはひらりとかわす。何度か掴みかかって見たがちょこまかかわされて。ガキの喧嘩のようなことをひとしきりやった後、正面からラグナが抱きついた。
「ざァんねん、時間切れ。こうなっちゃ取れねぇよなァ。」
「あ゛っ…てめこっのやろ…。」
背中からこれみよがしにぱちゃぱちゃ缶を振る音が聞こえてきた。腹立つ…こっの野郎。
…しかし酔いの回った身体でばたばた動いたせいか、一気にだるくなった。
どうやらラグナも同様らしい。首元に腕をかけたままぐったりともたれてきた。肩口にこつんと、額が乗る。
絡まる身体からくる人肌の熱が、妙に温かい。冷える季節なせいだろうか。
眠気に似たぼんやりしたものが頭を埋めていく。蘭斗の目がとろんとし始めた頃、似たような目でラグナが見上げてきた。へらっと笑うと、ぎゅっと首にすり寄ってくる。
「うお…んだよ、くすぐってぇな。」
「ひゃっひゃ、大将あったけーからさァー。あーあったけー。」
「てめーだって十分あったけーだろうがよ、絡み酒め。」
あんまり聞こえてないようだ。甘えるように抱きついてくるラグナに蘭斗は溜息をついた。まぁいーか…なんて思っちゃうのは酔いのせいだろうか。
次第にラグナの頭がふらふらおぼつかなくなってきた。どうやら本格的に酔ってきたらしい。
「…おーい、寝るなら布団行けよー?」
「あー…。」
ごにょごにょ何か返事したが聞き取れなかった。
ぼうっとしたラグナが、すぐ目の前にある蘭斗の首をじぃっと見る。少々褐色で引きしまったそれをぼんやり網膜に移しだし。

そして何を思ったのか、ちゅうっと口づけた。

「…っん、」
びくっと蘭斗が身じろぎした。
…あれ。今なにされた?じんわりと背骨が熱くなる。触れられた感触は消えるどころか、時間が経つほどはっきりしてくる。
ゆらっと顔を上げたラグナが、ぼーっと蘭斗を見つめた。
それからいつもの獰猛な笑みとは違う、へらっとした笑みで、頬まで伸びあがって口づけた。
「うあちょっ…くすぐってぇってのに…。」
「へっへー、大将顔赤くしちまってかーわいーなァおい。」
「ばっ…。」
む、と蘭斗が口をへの字にする。
ラグナの顎を掴むと、その唇をぐいっと奪った。

「――その程度で赤くなるかっての、ばーか。」

しばし、ぽかんとしたラグナが…にやり。さっきよりも少しだけ、獰猛さを滲ませて。
ぐいっと押し倒しながら、逆に唇を奪い返した。深く中まで喰らいながら。からんと落ちたビール缶の中身が零れても、二人は見えない、気づかない。
とさ、と転がった蘭斗の青い髪が、畳の上にはらりと散り。
しばらく夢中で絡めていた舌を不意に、離した。至近距離で合う橙と赤の目が、少しだけ我に返る。
「…はっ、なーにやってんだ俺ら。」
「…ほんとーにな…なんで俺こんなことになってんだよ…。」
「さーなァ…酒のせいじゃねェ?」
「酒のせいったって限度がよ…。」

ふ、と。
とろとろぼやけていたラグナの目が…不意に鋭さを見せた。それはとても唐突に。
見覚えがある。得物を狙う時の、あの目。
射抜かれて動けなくなった蘭斗の耳元に…すっとラグナは忍び寄った。

「…酒のせい、って事にしときゃいいんじゃねェ?」







(獰猛なその牙が、耳を喰った。)

fin.