…待って、待って。

おいでおいで、こっちだよ。

待って、おいてかないでよ。

ほら、こっちこっち。



空から無限に降り注ぐ日光と
どこまでも続く柔らかな草原と
いつでも撫でてくれる涼しい風と
空があって
海があって
森があって
街があって
人があって
友があって
君があって

君が

在って。







「………。」
ふっと、自然に目を覚ましたらまだ夜だった。
変な時間に起きちゃったな…そう苦く思いながらミズハは身体を起こした。
部屋の中は当然暗い。でも真っ暗ではない。ほんのりと青い光で照らされているのは…あぁそうか、月が出ているからか…。
ほとんど無意識に、海の見える方向に目をやると
意外にもヒカトまで、上体を起こしていた。
「あれ…ヒカト?起きてたの?」
呼びかけても返事はなく。変だなぁ…と様子を伺ってみる。
「ヒカト?ヒーカト?一体どうした…わっ!」
思わず起こしそうな声量で声をあげてしまう。
だってヒカトが急に、こちらに倒れこんできたから。
ちょうどミズハの足の上にぱったりと倒れこむ格好で。あんまり突然で病気かと焦ったけれど、すぐに規則的な寝息が聞こえてくる。
(…寝ぼけてるだけ、か。)
まったく…とミズハは溜息をついた。いい歳して子供みたいな寝ぼけ方しないで欲しい。色々心臓に悪いんだから…。
困り者な、私の、幼馴染。ミズハはそっとその髪を撫でる。
子供の頃から変わらないオレンジの髪が、柔らかい感触を伝えた。
…ぐり、と足に鈍い痛みが。
「いた。」
なにかと思えば、うつぶせていたヒカトの顔がこちらを向いている。…人の足の上で寝返りうつとはいい度胸ね。
こちらを向いた寝顔はぐっすりと眠りこんでいた。驚いたことに眼鏡は外されていない。呆れた…寝る前くらい取ればいいのに。
「大体…目なんて全然悪くないでしょ。」
昔から私より目がよかった癖に。
そんな小さな鬱憤と、わずかな好奇心。それがミズハに眼鏡へと指を伸ばさせる。
かすかにフレームに触れた瞬間。
伝わってきたのは、
はっきりとした、震え。
(…え?)
「…ミズ、ハ。」
今の、何だろう。思い巡らす暇もなくヒカトが口を動かす。起こしたか、と思ったけれど、まだ寝言のようだった。
ミズハ、ミズハ。うわ言のように呼ばれる、名前。
どうしてか、ひどい寒さを感じたけれど
なぁに?と、ミズハは答えた。

「ずっと、いっしょ、だよ。」

寒さが棘に覆われた手になって
ミズハの心臓を、ぎゅっと握った。






空から無限に降り注ぐ日光と
どこまでも続く柔らかな草原と
いつでも撫でてくれる涼しい風と
ひかりかがやくせかいで
君を追う。

…待って、待って。
おいでおいで、こっちだよ。
待って、おいてかないでよ。
ほら、こっちこっち。

太陽の大好きな君が、光の降る先へ駆けていく。
僕はそれを追いかけて、もたもたと必死についていく。
疲れてしまった頃に、君は止まって。
こちらを振り向いて、手を差しのべる。
「ほら、着いた。」
ひかりかがやくせかいで
君が笑う。
「ヒカトを置いてなんか、いかないよ。」




「ずっと、一緒だよ。」










「…ごめんね。」
ミズハは、指を伸ばした。
柔らかなオレンジの髪でも、昔はかけてなかった眼鏡でもなくて
あまりにも透明すぎた、一粒の涙に。
「…離れないよ。」
乾いた唇が、呟く
「ずっと一緒だよ。」
乾いた慰めを。乾いた約束を。
「ずっと…。」
乾いたと気づいてしまった、約束を。

あさがきて
ひるがきて
よるがきて
いつもいっしょ
いつだっていっしょ
いつまでだっていっしょ
あたりまえにしんじていた、やくそく。









もう、そこには帰れない。

fin.