おかしい。


「…暑くね…?」
ぐったりしながらラグナが呟いた。
夕飯食うまでぴんぴんしてたってのに、なんでまた急に。
ずっしりと重くなった身体をひきずってラグナは割り当てられた自室へと向かった。今日の宿は依頼人から拝借したコテージ。眺めもいいし晩酌と洒落こもうと思っていたのになんてこった。
壁伝いに部屋を目指す身体が、くらっ、とふらつく。
ちきしょう、眩暈ってどういうこったよ。風邪かなんかか?俺風邪なんか引いた事ねーぞ?
「ラグナ様。」
慣れた声に振り向いた。グラオだ。
…やべ。だっせーとこ見られた。
「どうされました?」
「あ、あーいやその…なんでもねェよ…。」
「随分お加減が悪そうですよ。歩けますか?」
「いーっていーって、こんぐらい平気だから、よ、」
手を振ってごまかそうとしたら身体ごとぐらついてしまった。それを腕でグラオが受け止める。
「無理はお身体に障ります。部屋までご一緒させてください。3日後の依頼のためにもベッドで休まれた方がよろしいかと。」
「あー…。」
ふらふらふら、と頭が鈍って半分以上聞き取れなかったけど。
「…わりー。んじゃ、頼むわぁ…。」
へらっと力なく笑い、グラオに身を預けた。


丁寧にベッドへ下ろそうとするグラオを振り払い、ラグナは背中からダイブした。
どさっ、と飛び込んだシーツの冷たさが心地いい。一度倒れてみると糸が切れたように手も足も動かなくなった。うわー。俺こんなやばかったのか。
「助かったぜー、グラオー…。」
「お気になさらないでください。…しかし一体何の病でしょうか。診させて頂いてよろしいですか?」
失礼します、と言ってグラオがベッドに腕をつく。そして近づいて、ラグナの目を覗きこんだ。
ラグナは特に何を思うでもなく、ぼーっと見上げるだけ。
「…ふむ。これでしたら問題なさそうですね。」
にこっ、とラグナが微笑んだ。


「あと数時間もしましたら、効き目が切れるようです。」


……ん?
さすがのラグナでも思った。日本語おかしくないかと。
それに診終わったはずのグラオは、ラグナから距離を離そうとしない。そして微笑んでいる。にこにこ、にこにこ。
「あの、よ、グラオ…どういう。」
「申し上げた通りですが。」
「なにその、なんつーの、毒かなんかでも盛ったみたいなよ…。」
「申し上げた通りですが。」
そっとラグナの頬に手を添えて、グラオは耳元で囁いた。

「…毒にふらつく姿も可愛らしかったですよ、ラグナ様。」

ぞぞぞぞぞぞぞっ、と一気に鳥肌が立った。
喉から胸元へと撫ぜる手がさらに鳥肌を加速させる。
「ッてめ、おい!冗談やめっ、笑えねェぞおい!!」
「冗談ではなくお慕いしておりますと何度も申し上げたではありませんか。」
「俺にそんな趣味はねェっての!!」
「私も御座いません。私はラグナ様以外興味ありませんので。」
余計タチが悪い!!余計!!
そっと伸ばされた指が耳を撫でると、ぞわっと何かが走った。てめぇいい加減にッ…と腕で振り払おうとしたが、力が抜けきって動かない。
「やっ…めろよ…ッ」
おまけに熱の治まらない身体は、触れられただけでも変に過敏だ。
はぁっ、と力なく吐息を零すラグナに、グラオは恍惚と笑んだ。
「よく効きますでしょう?貴方専用に調合した特別製ですから。」
「ッざけんな…てめ、今すぐやめろ…ッ」
「申し訳ありませんが聞けぬ命令ですね。」
撫でていた手をそっと離すと、す、と至近距離まで顔を近付けた。
「愛おしすぎて気が狂いそうですよ。」
首を唇で食んだ。いよいよびくんっとラグナが跳ねる。
「ッ、ひ…ッ!」
段々必死になる声が、ますますグラオを惹きつける。喉を肩口を口づけられて、その度にぎゅっとラグナは目を瞑った。
頭が痺れていく。吐く息の熱が増していく。逃げたいけど力が入らない。なにこれわけわかんねぇわけわかんねぇ。混乱しすぎて目に涙が浮く。
「やめろって…ッ!!」


ばしゃっ、ばちーんッ!

急に部屋に現れた『アクアテール』が、器用にグラオにだけ直撃し弾き飛ばした。
どかーん、と派手に壁へ吹っ飛んだグラオにラグナがぼーぜんとしていると、空中にふっとユヤンが現れる。
「…ユヤン…!うわあああ助かった、ユヤンまじ今助かったさんきゅー…!!」
「礼には及ばぬ。ふぅ、危ないところじゃったの。」


「まだ時期尚早じゃと言うに。危うく歴史が乱れるところじゃった。」
「ちょっと待て。」



ラスティ・ネールにご意を


fin.