どすんっ、と内臓を圧迫されて目が醒めた。

「うぐっ!?」
驚いたトマが大きく目を瞠る。
その目にはトマに馬乗ってじぃっと見つめるモモが、アップで映った。
「お兄!朝ですよ、起きやがれです!今日はいちげんの日ですよ!」
「うぇ、あ、モモか…はよぉ…。」
「はよーじゃねぇです!おせぇです!るえ兄もれい兄も起きてるですよ!あっ、二度寝してんじゃねーですっ!」


結局そこからぼこすか殴られどすどすとびはねられ、満身創痍のトマが1階へと降りた。
「…はよー…。」
「あ、おはようトマ。今日もいい朝だねっ!」
空気を読まない元気さを返すのは空縞 瑠燕<ソラジマ ルエン>。耳が隠れる程度の青い髪は朝の陽ざしで明るく光る。紫の瞳は好物の卵焼きに向けられていた。
今日もひらひらしたブラウスに小さなクラウンという派手な出で立ちだが、トマはすっかり見慣れてしまった。当然学校じゃ目立ちまくっているが、もう諦めた。
「おはようございます、トマ。毎朝羨ましいですねー、素敵な起こし方をしてもらえて。」
柔らかく挨拶するのはレイニード・クンツァイト。皆からはレイニーと呼ばれてる。瑠燕より少し長い外跳ねの青い髪からはライオンのような耳が一対。地方によっては「耳付き」と呼ばれて奇形扱いされるらしいが、幸いレイニーの出身地ではそんな事もなかった。
赤い目は屈託なく細められている。さっきの挨拶は嫌味でもなんでもなく、ボコられて起こされたトマを真剣に羨ましがっているのだ。レイニーは生粋のドМだ。
「おー起きたかトマ。早よ食わんと遅刻するぞー。おつかれさん、モモ。ありがとーな。」
エプロンで洗い物をしていた男がトマを振りむき、テーブルの上を指さした。そこにはトマの分の朝食がきちんと並べられている。
彼は岬 冬之<ミサキ トウノ>。ここ『岬書店』の一人息子であり、下宿屋として住まわせている瑠燕・レイニー・トマの世話係。本職は現役高校2年生。中学で早速悪くした目は眼鏡をかけており、手入れのされてないグレーの髪はいつもぼさぼさだ。
トウノが礼を言うと、トマの傍らにいた少女がトウノへ駆け寄っていく。いつも着ているピンクのレインコートがひらめいた。
「トウノ!トマ起こしてやったですよ!モモえらいです?」
「えらいえらい。今日もよくやったなーモモ、ミッションコンプリートだな。」
「お前ら俺をミッション扱いすんなっての…。」
少女は虎目 桃<トラメ モモ>。岬書店で引きとり育てている里子だ。まだ戸籍上の兄妹ではないがトウノにとっては当たり前に妹のような存在だし、下宿組にとっても、可愛い妹のような存在だった。
栗色の髪を撫でてやると、赤い目が誇らしげ細まった。本当に可愛くてしょうがない妹。ひとつ困ったところを言えば、レイニーとトマの影響でおかしな言葉遣いになり始めてるところか…。
「む。みっしょんこんぷりーとはみっしょんこんぷりーとですよ!」
「そうだよなーモモ。モモ頑張ったもんなぁ。ほれ寝ぼすけ野郎とっととメシ食え。」
「食えです!」
「へいへいこのバカ兄妹はよ…いただきまーす。」
文句を言いつつ礼儀正しく手を合わせるトマ。本名はトマホーク・カーネリアン。癖の強い灰色の長髪はさっき1本に縛ってきた。赤い目でうまそうな朝食を見渡し、黙々と食べていった。今日も美味しい。

総勢5人がうろちょろしているというのに、台所はさほど狭さを感じなかった。元々旅館だった建物を継いで本屋にしてるため、結構広いのだ。おかげで下宿屋なんてこともできる訳だが。
3人の朝食を用意し終えたトウノはモモの支度を手伝う。モモはもうすぐ小学校に行かねばならない時間だ。その途中でぱんっと瑠燕が手を合わせた。
「ごちそーさまっ!さてレイニー、トマ、そろそろ行くぞっ。」
「えっもう行くのか瑠燕。早くないか?お前今日確か2限からだろ。」
「甘いねトウノ、今日からは一刻も無駄にできないのさ。僕達は今日から重要な調査をしなければならないからね。」
びしっと人差し指を構えて瑠燕はキメた。
「巷で噂の人助けサークルを探し出さねばならないからね!」
「…まーだ言ってたのかよそれ。んなクソ怪しいサークルほんとにあんのか…?」
トマがげんなり顔で口を挟んだ。口コミで噂にはなっている、されど大学HPのサークル一覧にも載ってない謎の人助けサークル『でんげきは』。瑠燕は今日からサークル棟に直接乗り込んで探しだすつもりなのだ。
「つーか見つけてどうすんだそれ。」
「勿論入るさ。君達も一緒にね。」
「おい、俺もう陸上競技部入ってるっつの。じゃなくたってヤだよそんな怪しすぎるサークル。」
「というか瑠燕だって司書バイトしてましたでしょう。サークルやる暇あるんですか?」
「勿論さ、だって当然だろう?」
きゅっとクラウンを被り直し、底抜けに明るく瑠燕は微笑んだ。

「僕は王様だからね!王様である僕も、臣下である君達も、民が困ってるならば駆けつけなくちゃ!」

あーまた馬鹿な事言ってらーあ…という目で二人は瑠燕を見た後。
お互い顔を見合わせて、溜息と苦笑を零した。
「…ま、言うと思ってましたが仕方ありませんね。」
「だな。ほっとくとどこに迷惑かけるかわかんねーしな…。」
やれやれ。とユニゾンして二人は立ちあがった。
「じゃ、行ってくるわトウノ。味噌汁美味かった。」
「行ってきますねトウノ。おひたし美味しかったですよ。」
「とーぜんだろ俺が作ってんだから。気をつけて行ってこいよー。」
「レイニー、トマー、遅いぞおいてっちゃうぞー!」
「うわあいつはっや!馬鹿じゃねぇのホント!いや馬鹿だけど!」
「あれは完璧にはりきっちゃってますねー。では行ってきまーすっ」

ぱたぱたと走り出した3人は、通い慣れた道を並んで歩いていく。
朝の空気を吸いながら、時乃坂大学へと。



家の食卓


(見つからなかったら依頼受けてくれるサークルに探してもらおうかな。)
(へーそんなのあるのk…ってそれじゃねぇの!?)

fin.