「ひひゃはッ!すごい、すごぉーい!キミってとっても強いんだねぇv」
ランタンの作るほのかな光の輪の中で、男は怪訝そうに背後を見やる。
黒い髪、大きな耳、ゆらめく白衣、そして全身を彩るねとついた赤色…カルロ・ジーリアス。
「…どちら様です?」
だだっ広い地下牢では、かすかな声もいやに響く。
かちゃん。再び腕を構えれば長い爪と爪が音をたてた。細く開かれた深紅の瞳が、油断なく暗闇を捕えんとする。
爪の先からはぽたぽたと、黒に近い水が滴り落ちる。
それはこの地下牢を"空洞"にした、その、証。
「くす…くすくすくす。へんなの、へんなの。ボクに名前を聞くなんて。」
気配が動いた。来るか、と身構えたが、気配はこちらに近づいてはこない。
ごぼり、ごぼり。どろついた液体が沸騰するような、奇妙な音が。
「ボクに名なんて、ないんだよ。」
やがてその音は終わり、妙に聞き慣れた、靴音がした。

「ボクは名の無い、『アノニマス<名無し>』。」

ランタンが照らしたその相手に、カルロは凍りついた。
大きな耳、ゆらめく白衣、鼻にかけた丸い眼鏡。
髪だけが群青色をしているその姿は
ぞっとするほどに、カルロ、そのもの。
「…くす…くすくすくすくすくすくす。」
たてる笑いは機械の声。話す言葉は幼い少年。
「イイなぁ、その反応。やっぱり驚いてくれないとツマンナイよねぇ。くすくすくす…ハジメマシテ、"カルロ"?」
驚いたカルロは一瞬たじろぎそうになったが、ぐっと踏みとどまる。ここは地下牢だ。どんな輩がいたっておかしくはない。
さっきので終わらせられなかったのは口惜しいが、口惜しさはやがてぞくぞくするほど甘い期待に変わる。
嗚呼、一体この人の血はどんな色をしているだろう。
「…初めまして。そして、さようなら。」
にぃっと笑った刹那、たんっとカルロが姿を消す。次の瞬間にはアノニマスの首筋間近。
ひゅんっとふるった爪は空振った。どこに避けたかと気配を探ったその瞬間、腹に重い衝撃が。
『すてみタックル』を放ったその相手は、よくよく見慣れた、蒼い髪をしたカイオーガ。
「くすくすっ…甘い、甘ぁい…っv」
また気配は変化して移動する。次は赤い髪のグラードン。目視したその瞬間、『だいちのちから』で足元をすくわれる。
ぐにゃり、グラードンの姿がねじ曲がった気がした。
まばたきした後、現れたのはこちらに手を向けた緑の髪の…
『りゅうのはどう』
その一撃で、カルロは壁まで吹っ飛ばされた。

「けたたっ、けたたたっ!vおもしろーい!v…あれ?壊れちゃったぁ?」
びゅるん、と身体を変形させてアノニマスはカルロの姿に戻る。壁で跳ね返ったカルロは這いつくばったまま、苦々しげにその男を睨むばかり。
「…くすくす、よかったぁvまだ遊べるみたいダネv」
アノニマスはそっと地面にかがみこんで、カルロの顎を優しく持ち上げた。
「ねぇ、カルロ…僕とアソボウ?」
刹那、
アノニマスの身体から、無数の触手が伸びあがった。
「…ッ!?」
反応するいとまもない。
腕を絡めとられ、胴を絡めとられ、足を絡めとられ。地に伏せていた身体がなすがままに持ち上げられる。
歪な十字架にかけられた哀れな人を、アノニマスはにっこりと見上げるだけ。半分溶解した指で、カルロの頬をゆっくりと撫でた。
「サァ…聴カセテ?」
それが合図。
無数の触手が一斉に、カルロの身体を這い回った。
「ッあ…あああああああああああッッッ!!!!」
為す術もなくカルロは叫ぶ。首をそらせ、目を見開いて、びくびくと全身を震わせながら。
急速に四肢から力が奪われていくのがわかった。それでも必死で振り払おうと試みる。けれどもがけばもがくほど、触手は執拗に絡みつく。
ばさり…と白衣が地を擦る音がした。黒いワイシャツのボタンも半分ほど引きちぎれた。はだけた胸元は触手の這った跡で妖しく光る。
落ちた眼鏡の砕ける音が、昏い地下牢にこだました。
「けたたっ…けたたたたたたっ…!あぁあ甘イ、本当に甘イ…v」
その胸元に舌を這わせ、喘ぎ溺れる処刑者を視姦する。
「ッひ、あ、やめ、やめ…ッ」
「なんでぇ?やめたいのぉ?」
「離して…くださ…ッ!」
「くすくすくす…イヤ、ダヨv」
すぅと伸ばした指をどろどろに溶解させる。それを可愛らしい耳に垂らせば、悲痛なまでに甲高い声があがる。
涙に滲んだ赤い瞳が可愛くて可愛くて、笑いが止まらない。アノニマスが笑えば笑うほど、触手の動きは激しくなった。
「可愛いカルロ…くすくす、キミのこと気に入っちゃったv」
甘えるような動作で首に腕を絡め、口端に滴る涎を舐め取る。
鳴き続ける黒。笑み続ける青。ひどく至近距離でにぃと微笑んだ後、耳元で悪魔は囁いた。
「…キミは永遠に、ボクのものにしてアゲル。」







イトシイ、カワイイ、アマイ、ヒト。

fin.