「ミズハに…。」
かち。瞳の奥でスイッチが、切り替わる。
「傷をつけたね…?」


空気が爆発した。
盗賊団を率いるオクタンが見た光景は、そうとしか思えなかった。
周囲の空気そのものが眩く発光し、猛烈な熱と爆風を巻き起こした。此処は『そこなしうみ』だというのに、風が吹き荒れた後には炭がいくつも転がっていた。どれも赤々と燃えて煙を吐いている。
それが手下の死体だとは、認めたくなかった。
(………どういうことだよ、オイ。)
敵は二人。サツが寄越してきた探検隊。リーダー格らしいラグラージの女と、ひょろそうなリザードンの男。
此処は水の楽園だ。女さえ『タネマシンガン』で仕留めてしまえば後は数で勝てる。そう確信していたのに。

手下の半数を焼き殺した『熱風』、その中心地で。
先程まで無かった翼をゆらりと揺らし…沖屋煌斗は、佇んでいた。

「ッッ撃ち殺せァア!!」
号令で、生き残った手下が一斉射撃した。バブルこうせんとみずのはどうが一気に飛んでくる。
ばしゃっと地を蹴った。遠かったはずの距離が一瞬で詰まる。手下が息を呑んだその一秒で、ヒカトは爪をぎらつかせ切り裂いた。
べ、ちゃっ。手下だったモノが落下する。周辺の水たまりが、わっと赤くなった。
その赤黒い水を踏みつけて。
「邪魔だよ。」
指を伸ばす。絡まる小さな炎。それはまたたく間に肥大化して、他の手下達を呑みこんだ。
生きながら燃やされる阿鼻叫喚が響いても、ヒカトは眉一つ動かさなかった。
「……!!」
動揺を隠せないのはむしろオクタンの方だ。こんな馬鹿なことがあるか。どいつもこいつも腕利きの射撃手だ。それをまともに喰らっておいて、まだ立ってて、しかも自分らを焼き殺してくるなんて。

「お前だね?」
声が響いた。阿鼻叫喚の海の中から。
ぞっと、凍る背筋。ヒカトが真っ直ぐ敵の将を、見ていた。
「ミズハに傷をつけたのは…お前だな?」

オクタンの瞳孔が開いた。それを恥じるように歯を食いしばる。黙れ、黙れ。この俺がこんなもやしに、ナめられるなんざありえねぇ!
持っていたマシンガンを迷わず捨てて、素早く別の武器に切り替えた。来るなら来い。辿り着く前に撃ち殺してやる!!
「死ねやクソがァッ!!ブッ殺してやらぁあああッッ!!!」
凶悪な砲台で連射するのは『ロックブラスト』。砂塵をばらまきながら的確にヒカトを射抜く。
大きく広がっている翼など格好の的だ。ヒカトが距離を詰める前に、羽根に穴が開き血が飛び散ったのを確かに見た。
これでその羽根は使いものになるまい。そうだ死ね、そのまま死んでしまえ。
けれどヒカトは、
それでも表情一つ変えなかった。まるで痛覚など無いかのように。疾りながらその身に炎を絡めて、そのままオクタンへと突進した。
ヒカトとオクタンの視線が合った。合ってしまった。その瞬間、オクタンはびりっと身体が硬直してしまったのだ。重力が増したかのような圧力を受けて。
撃つ手が一拍遅れた。その一拍でヒカトが迫り来る。
死ぬ。その二文字が頭を埋めた。死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ、このままでは死んでしまう!!

咄嗟に傍にいた手下を、掴んで投げた。

「!?」
さすがにヒカトも目を瞠る。『フレアドライブ』はその手下に当たった。
迸る絶叫、轟々と燃えて煙を吐く肉塊。その煙で肝心のオクタンは見えなくなった。そこへ狂ったようにオクタンは、銃を連射し続ける。
「ッッははははははははははは!!!死ねッ!!死ねぇえええひーーッッははははははははは!!!!」
それはもう恐慌状態と言ってよかった。撃ち続ける。撃ち続ける。そうしなければ己が恐怖に殺されるのだ。殺してやる。殺される前に殺してやる!
気がつけば生きている者は一人もいなかった。生きてるのはオクタンだけだ。まるで反応のない土煙の中に、狂ったように撃ち続けるオクタンだけだ。
それが、
間違いだったと、わかるのは…足元を浸す手下の血を伝って、炎が、足を掴んだ時だった。

「――――え、」

轟、と。全身を炎が舐めた。
「ッッぎゃああああああああああああああああああ!!!!!!」
砲台を取り落とし、首をかきむしって転がりながらオクタンは燃え続ける。土煙からぬっと手が伸びてその首を掴んだ。
それはヒカトの手。ぼろぼろになって血を流すヒカトが、口を大きく笑みの形に歪めながら、首を掴んで彼を持ちあげた。
緑の瞳が眩く光る。次いでその身が橙に光る。
ただでさえ燃えている相手に、『ブラストバーン』を重ねた。絶叫が更に高く、おぞましくなる。
「馬鹿だねお前…僕を殺したいの?それなら僕だけ狙えば良かったんだよ。」
そしたらもっと楽に死なせてあげたのにさ。
狂った竜が笑い続ける。嗤って、哂って、笑い続ける。
「僕なんて死んだって構わないよ。ミズハが生きてくれれば。ミズハが奪われなければ。ミズハが傷つかなければ。ミズハが泣かないでミズハが笑ってミズハが其処にいてミズハが傍にいてくれれば僕の命なんてどうだっていい。どうだっていい!」
高らかに歌うように叫ぶ。段々それは高く狂った音色を奏でた。
「引き換えに邪魔なモノは僕が焼きつくす!この世界にミズハ以外の何が要るの!?ミズハ以外は要らない!要らない!!要らない!!!全て焼けてしまえ!みんな死んでしまえ!ミズハを奪う世界なんて世界ごと灰になればいい!!!」


奪い取る世界も、
護れない自分も、
要らない モノは 死んで しまえ。


既にその炭からは呻き声ひとつ上がらない。大分前からそうなっていた気がするが、炎と笑い声は止まらなかった。
死体が炭から灰に変わり、手からぱらぱらと散っていった頃…ようやくヒカトの炎が尽きた。意識も力尽きる。膝から崩れ落ちるヒカトを、バッジの光が包んだ。
気を失う間際のその貌は、
酷く、幸せそうだった。





紅蓮色の
を謡う


(僕の骨が燃え尽きるその日まで。)

fin.