「今日はきたのさばくの6F。楽勝ね。」
「あの…。」
「お届け物は持ったし、ピーピーエイドも持ったし。」
「ちょっと…。」
「スカーフは装備したよね?それじゃあ行くよ。」
たっ。藍のコートが軽やかにたなびいた。
「遅れないで来なさいよッ!」
「無茶言うなこの砂嵐の中でえええええええッッ!!!!」



砂塵




「まったくもうだらしがないわね。それでも天下の副隊長なの?」
「そーいう根拠のない非難やめてください…僕は地面タイプじゃないんだから…。」
こういう砂がちなダンジョンは苦手だ。つくづくヒカトはそう思う。
はてのみずうみとかそこなしうみとか、水がちなダンジョンならまだマシ。だってヒカトも苦手だけど、ミズハも得意じゃないから。
けれどこの砂嵐はミズハにはまったく効かない。つまり、自分だけ遅れをとってしまうのだ。
「えーっとね、なんかこうばってやってしゅしゅってやってどざーってやると効かなくなるよ。」
「それを理解しろと。」
無茶言うな。
「もー、せっかく教えてあげてるのに。」
「はいはい。…なんか機嫌いーね。」
妙にテンションが高いのがヒカトにはよくわかる。
言われたミズハはくるっと振り向いて、弾んだ微笑を見せた。
「それは当然じゃない。得意なダンジョンだもの。草タイプにやられてヒカトに迷惑かけることもないしね。」
…む。緑色の目が不機嫌に細まった。
迷惑って、何。僕の助けはいらないってこと?
「…あ、そー。」
「?」
どうしたのヒカト?と言おうとしたミズハはぴたりと止まる。
視界の端できらりと光るものを見つけたのだ。あれは、もしや。
「…ぎんいろグミっ!」
「あっ、ちょっ!」
止めた頃にはもう遅く、ミズハはグミに向かって突っ走っていく。
慌てて後を追おうとするヒカト。幸い今は晴れてるからちゃんと追えるはず…
ざざ―――。
…振り向くと、後ろにいたヨーギラスが砂嵐を起こしていた。


「ちっ…くしょう…。」
黒焦げヨーギラスを蹴とばしてあちこち探し回るも、全然ミズハが見当たらない。どこいったんだ本当。
砂嵐はやまないし、ちまちまとHPは減っていくし、普段なら雑魚なサボネアやサンドにも技が全然当たらない。
「…もー疲れたっ!」
自棄になったヒカトは適当な岩に座り込む。
砂をかぶった岩はざらっとしていて、それすらも不愉快だった。
(…ったくあのド天然あっぱらぱーのうすらバカ。)
頬杖をついて、はー…と息を吐く。グミを取った後何してるのかさっぱりわからない。
今どこにいるんだ。ていうかそろそろ階段見つけてもいいんじゃないのか。自分も見つけれてないが。
『ヒカトに迷惑かけることもないしね。』
…なーんて言うくらいなんだから、隊長様は元気でいらっしゃるんでしょぉけど。
半径1m程度しか見えない砂嵐の中、自分の周りが妙に手狭に感じる。音は、時々砂のノイズが聞こえてくるだけ。
他の声は何もしない。
その中で何分が経っただろうか。こつん、とヒカトは膝に頭を乗せた。
「…ミズハの…ばーか…。」
どこいったんだよどこいったんだよどこいったんだよ。
またそうやって一人でどこでも行って。
ミズハは一人でも平気。僕だって一人でもやられたりはしない。
けど。
「…ひとりに、しないでよ。」


…どぱぁんっ!
「うぉあッ!?」
突然背後から爆発音がした。湿った物が弾けたみたいな少しくぐもった爆発音。聞き慣れた『どろばくだん』の音。
「あ、いたいたヒカトー!」
爆風で少し視界が晴れる。その奥から間の抜けた声と、ぱたぱた手を振る青いコートが見えた。
「え、な、ちょ、みずっ!?」
「ごめんねー遅くなっちゃった。…あれ?」
唐突に現れたくせに平然としているミズハ。逆にヒカトがついていけない。
ミズハはヒカトの頬に目を留めて、ひょいと指でなぞった。
「みずポケモンでもいた?」
「え…、ッ!」
何を見つけられたかはすぐに察しがついた。
「いやそのっ違っ…あ、うんうんそうそう!みずポケモン!」
「…?そ、そっかー。まぁいいやそんなこと言ってる場合じゃないし。」
ぐっ、とミズハはヒカトの手を引いて奥の道へと走る。
真っ赤になって混乱したヒカトなど気にも留めず、目的地についたミズハはぱっと手を離した。
「早速で悪いけどこれ…手伝ってくれない?」
目の前にいるのは、それはそれは大量の敵ポケモン。
その量と、ばつが悪そうに苦笑する方向音痴を見比べて、納得したヒカトは思わず噴き出した。
「…たーいちょ、3つ以上グミのある部屋には気をつけてって言ったよね?」
「う…だ、だってあおいグミあったんだもん。」
「釣られてるし。まぁいいけどね。」
構えた腕。妙に嬉しそうな微笑。真っ赤な炎が勢いよく灯った。

「…ったく、しょーがないなぁ。」


fin.