「いいかガキども。俺が言いたいことはただ一つ。」
胡坐で腕を組む樂の前に、アダとエスがちょーんと正座していた。

「ウチの屋敷を荒らすな。」
「「やだー!」」
ごん。がん。平等に一つずつげんこつを降らせた。

「やだもクソもあるかってんだ。てめぇら自分のしたことよーく振り返ってみろ。」
目覚まし時計を時限式泥爆弾にすり替えるぐらいは茶飯事で。
屋敷の庭にえぐい落とし穴を無数に作ったり。
ある特定の床を踏むと天上からストーンエッジが出現したり。
靴裏に粘液を仕込まれ道にくっつき危うく車に轢かれかけたり。
調剤室の薬物全部割られて部屋中ヤバい煙で充満してたり。
…樂は重たい重たい溜息をついた。どうしてかこの双子は樂ばかり狙うので疲労も心労も尋常じゃない。
「…これが俺だから大事になってねぇのも確かだけどな。おまえらまかり間違えて蘭斗でも狙ってみろ。総力挙げておまえら6人と大喧嘩だぜ。」
「6人?ばっかでー樂、アタシら二人だぜー?」
「馬鹿はおめーだ。一人がやりゃあ組織の責任。それが社会ってもんだろ。」
「ひとりじゃないです。二人です。」
「………はぁ。」
言葉通じねー…。ずきずきと痛む頭を押さえる。ガキってのはどうしてこう話が通じな…。
…いや。相手方の頭を思い出して樂は肩を落とした。おそらく6人全員、こと常識的な話は通じないと見た…。
「つーかよーエスー、これじゃ負けっぱだよなー。」
不意に口を開いたアダ。樂は落としていた目を上げた。双子を見る。
「そうだねアダ…樂さんつよいね。生きてるね。」
「だなーエス。樂つえぇな、すっげーな!」
「うんっ、ボクも楽しい!次はどう殺そっか?今度は死ぬかなぁ。」
「死ぬかもなー、でも生きちゃうかもなー!やべーすっげ楽しい!」
相変わらず頭イカレた話しやがって…とげんなりした樂が、ふと気がついた。
こいつら、結構本気で俺のこと好きじゃないか?
台詞だけ取られるとナルシストに聞こえてしまうが。なんと言えばいいのか。話す二人から"殺意"も"敵意"も感じないのだ。感じるのは懐かれていると確信できる、ストレートな好意ばかり。
「…あのよお前ら。」
なら、何故。
「俺はお前らの友達、だったりすんのか?」
二人の顔がぱああっと輝いた。
「んだよわかってんじゃねーかよ樂ー!お前楽しいからアタシらのダチだぜ!」
「うん…!だって樂さんとってもたのしい…!」
「…ならよ、」
ごくり。呑み込んだ唾が冷たい。
「なんで俺のこと、殺そうとするんだ?」


「「なんで?」」
二人は同時にきょとんとした。

「なんで殺しちゃいけねーんだ?」
「いや、だってよ。殺したら俺ともう遊べねーぜ?」
「でも、樂さんとのゲームに勝てるです。」
「…ゲーム…?」
ぞわり、ぞわり。ゆっくり這い上がる、鳥肌。

「「そう。ゲーム。」」
ぴたり揃った声ふたつ。ぴたり相似な笑みふたつ。

「「誰がいちばんすごい"天使"か、きめるゲーム。」」




――『この世界は神様のお庭。
綺麗なモノ、清らかなモノだけが存在を許されるの。
神様のお庭だから、いつでも綺麗にお掃除されてなきゃいけないのよ。

アダ。エス。

あなたたちはママの自慢の"天使"よ。
だから皆にもっともっと認められなくちゃ。
選ばれた子。ママの可愛い神童達。』




「たくさんお掃除したら、すっごく偉い"天使"。」
硝子の瞳でアダが笑う。
「いちばんお掃除したら、いちばん偉い"天使"。」
硝子の瞳でエスが笑う。

「「だけどいちばんは簡単すぎて飽きちゃった。」」

「だからたくさんゲームを探してんだ。」
「お庭のゲームはやりつくしちゃった。」
「もっともっともっと楽しい、」
「もっともっともっと面白い、」

「「もっとママに、褒めてもらえるゲーム。」」

なんでかなぁ。あの日からママが、褒めてくれないんだ。




…狂ってんな。
と、存外冷静に思った。さっきまでのような薄ら寒さはもうない。
(…"ママ"、ね。)
変に納得してしまった。人を殺す子どもを褒める母親。
こいつらも俺と同じ、
イかれた家に生まれちまった奴ら、なのだろう。
「天使ねぇ…。」
ぽつっと樂が呟いた。

「お前ら、今も母親に褒めてもらいてーの?」

硝子のようだった瞳が、年相応にきょとんと瞠られた。
「えーと…」
「うーんと…」
あれ?双子が顔を見合わせる。その間抜けさに樂は少し噴いた。
「なんだよ結構てきとーなんじゃねぇか。」
「ちっちげーし!てきとうじゃねーし!」
「でっでもアダ、ボクそういえばママのこと最近忘れてた…。」
「こらエス!余計なこと言ってんじゃねーよ!」
わたわたと慌てる様は本当に子ども。今度こそくすりと樂は微笑んだ。
「…今は親元、離れてんだろ?んであいつらと旅してる。」
ラグナと、ユヤンと、グラオと、ウト。
「あいつらは母親と同じか?」
「ううん、全然違うです。」
「んじゃあいつらのこと嫌いか?」
「別に嫌いじゃあねーぜ?」
「そーかい。ならよーくそいつらのこと見ておきな。」
ぽん。両手を二人の頭に置く。

「きっと、どんなゲームより面白ぇぜ。」
よく見ておきな。箱庭の外の世界をさ。






(俺にもあったな、そんな頃。)

fin.