ドアを開けたら、床に樂が転がっていた。


…とうとう死んだか。グラオがドアを閉じようとすると転がっている樂がもがいた。
「が…ァ…ッ」
「おやまだ存命でしたか。おやすみなさい、貴方のこと5分程は忘れません。」
「よこッ…せェ…ク、スリ…ッ!」
「…薬?」
そんなもの持っていないし、周囲を見渡してもそれらしい物はありすぎてわからない。
ふと、天井付近で揺れてるものに気がついた。赤いヘッドホンだ。トラップと思しきゴム紐に吊られている。
…これのことか?
試しに小刀でちょいと紐を切り、振り乱れる青い髪にはめてみた。
「うぁあ゛…!クスリ、クスリ…!」
待つ事1分。
「………。」
段々と大人しくなり。
「…ぁあ…キモチぃ…。」
「昼間から男の喘ぎ声など聞かせないでください気色悪い。」
「てめぇにゃ言われたくねぇよこのホモやろー…。」
どうやら無事生還したようだった。無事かは怪しいが。
やれやれ、と息を吐いたグラオが壁に背を預けた。
「私は男好きでも女好きでもなくラグナ様にしか興味が無いと何度言えば。」
「んあーいーじゃねぇかそんなんキモチよけりゃ男でも女でもさぁ…。」
「大丈夫ですか貴方。急速にキャラクター崩壊してますよ。」
「あー……。…う、お。ちょっと酔い醒めてき、た?」
完全に濁ってた瞳にちょっと光が戻る。
「あー…ガキ共んとこの兄さんじゃねぇか。何か用?」
「大分遅くありませんかその台詞。」
そんな訳で、此処は樂の調剤室。

「なんだ、てめーも薬中か。」
グラオの頼んだ薬はとんでもない量だった。机を埋め尽くす薬瓶の群れに、さしもの樂も少し驚く。
「違います。私の体内毒を制御するための薬ですよ。」
「似たようなもんだろ。毎日こんだけざらざら薬飲まなきゃ耐えらンねぇんだろ?」
ってーことは同じ穴の狢ってことだ。思わず樂の口元に笑みが滲む。
ヤクを切らしたらこのすかし顔がどう歪むのか、想像するとたまらない。
「ほらよ、持ってきな。…尤も今の俺じゃあきっちり揃ってっかわかんねーけどなぁー。」
ぴく。わずかにグラオの眉が動く。樂はにやにやしながら「なにせ酔っちまってさぁ」と嘯いた。
「困っちまうよなぁーヤクを切らしたらきっついもんなぁー。やっぱりてめーも同類じゃねぇか。」
「いいえ。死ぬだけですよ。」
「だよなぁだよn…へ?」
得意げな笑みが一瞬で呆然とする。

「だから違うと言ったでしょう。中毒症状なんてものはありません。」
さっきまでと変わりないトーンでグラオは言う。
「制御できなければ即死です。致死量なぞ鼻で笑える量ですから。」

「…マジかよ。」
うーわきっつ、と呟く樂。今のでほろ酔いすら吹っ飛んでしまった。
「…お宅そんなんでよく忍者やってられんな。ざらざら持ち歩いて任務すんのかよ。」
「本来は皆、丸薬一つで制御しています。」
そういえばあの頃は楽だったな、とグラオは思いふける。
必要なのは一日たった丸薬3粒。身軽に任務を飛び回り、自在に相手を毒に沈めた。
「しかしそれは里に伝わる秘伝の薬。」
ふつ。思い出はあっけなく再生終了。
「里と縁の切れた今、二度と入手はできないでしょう。」
「二度とって…それお前軽く死ぬとこだったんじゃねぇの。」
「ええ。この毒はそういう役割もありますから。」
即ち、里から裏切り者を出さぬよう。決して里から逃げられぬよう。
外の薬でうまく代用できるまで些か苦労した。その結果がこの量なのだが。

「まぁ、どうでもいいことですが。」
ふ、と。珍しく作りものじゃない微笑が浮いた。
「ラグナ様にお仕えできるなら、この程度は些末な事です。」

「はー…。」
しばしぽかんとする樂。
「頭おっかしー。」
「薬中に言われたくないですね。」
「そりゃゴモットモ。」
ま、いーけど。ごとん、樂は懐に隠しておいた最後の一瓶を置いた。
「俺様はますます興味が湧いて来たよ。アンタの里の丸薬ってのも一度見たいもんだね。」
「…本当に抜いてやがったのかこのクラゲ。」
「まーなァ。でもやっぱまだくだばられちゃ困るわ。」
くす。瓶から指を離しながら、毒味たっぷりの笑みを。

「アンタの身体かっさばく夢も諦めてねーしさ。」
「夢見るのはご自由に。この身はラグナ様にしか捧げませんが。」






fin.