「悪いが此処は、」
背中に護る製薬工場。赤い瞳が煌、と光った。
「通せねぇな?」





のカーニバル




ッどぉん!!振りおろされた両腕が地面を抉る。
すれすれで転がり避けた雫は素早く体勢を整え地を蹴った。ガラ開いたウトの懐へ飛び込む。渾身の『すてみタックル』だ。不意をつかれたウトは目を瞠って吹っ飛ぶ。
が、それは途中で止まった。ウトはくるんと回って逆立ちのように手をつき、そのまま空中へ跳ねあがる。まるで曲芸みたいな動き。
飛びあがった所から落ちる力を利用して…はっと見上げた雫の眼前に腕が、迫る。
「雫サン…!!」
それに横から『とっしん』した影がウトの軌道を変えた。地にめりこんだウトを睨み、灯が雫を背に護る。
追撃はさせない。灯はウトへ手を翳し、鮮やかな光線を撃ちだした。
ウトは攻撃し終えた後どうしても隙ができる。『シグナルビーム』は直撃し、吹っ飛んだウトの視界が歪んだ。
「ぅあれぇ…?」
混乱したことに、自分じゃ気づけない。
「よくみえない、よぉー?」
ふらつき始めたウトに灯は拳を握った。よし。まずは一人。
「馬鹿灯ッ、上だッ!!」
叫ぶ雫。えっ、と目を瞠る灯を覆うように挿した影。
慌てて見上げてももう遅い。落とされた『どろばくだん』が灯を吹っ飛ばした。
「灯ッ!?灯ぃッ!!!」
「おにーさんは、」
ひたと背後に現れた子どもの気配。振り返った雫と、光り出したエスの目が合った。
「後ろ。」
…突如現れた『だくりゅう』の津波が、雫を呑み込んだ。

蠢く泥の津波が内側から裂かれ、男が一人飛び出してくる。両手で雫と灯の首根っこをひっつかみ、脱出した辰弥はふぅっと息を吐く。
「ッげほ、げほッ…!助かっ、辰弥…。」
「馬鹿か。息整えてからしゃべれ。しっかし…。」
辰弥はこちらを見つめるエスと、空中から飛び降りてきたアダを見つめる。二人揃えて伸ばした腕から倍量の『だくりゅう』が放たれ、辰弥は二人を抱えて飛びあがった。
「ガキかよ…やりづれぇな。」
ま、言ってる場合じゃねェか。辰弥は二人放り投げ、目を閉じて両腕を伸ばした。
かっ、と金に光る目を開く。
手の中のが凄まじい勢いで光り、アダとエスへ撃ちだされる。光が二人を包んでから…どぉんと、遅れて爆音が轟いた。
『はかいこうせん』の反動に、痺れて動けない身体が落ちていく。爆煙を上げる大地を見届けながら。
「…あれぇ?」
その背を受け止めるように、伸びた手があった。目が合う、冴え冴えと光るまぁるい瞳。
「もう、おやすみなさい、なのぉ?」
目を瞠る辰弥へと、振りかぶられた右腕が迫った。

(くっそ…ッ)
あっち苦戦してやがんなどう見ても。樂がちらっと目をやると、すかさず首へ蹴りが飛んだので慌てて避けた。
軸足へ絡め手を伸ばしても器用に避けられる。撒いた『どくびし』は何の意味もない。代わりにこちらも向こうの『どくづき』が効かないので、助けにも行けない程の泥仕合になっていた。
閃いた小刀を上に飛んでかわすと、胴を狙って刀が伸びてくる。予想済みの樂は懐から出した何かでそれを受けた。刀が突き立ったのは、紫の和紙で包んだ導火線つきの球体。にぃやり笑った樂はぱっと手を離した。
派手な『アシッドボム』がグラオを直撃する。
目くらまし程度にはなったろう。その隙に樂は後ろへ飛び、体勢を立て直した。
「あーやだねぇ、毒使いが毒使い相手なんて。それにしても面白い体してんねぇ兄さん。ちょーっと俺に頂戴よ。…死体でサ。」
頭の後ろで緩く手を組み、挑発的に樂は微笑する。
爆風から退いたグラオはクナイを構え、作りものの微笑を浮かべた。
「私は身も心もこの命もラグナ様の物でございますので。」
その姿がふっと消え、樂の眼前に迫った。
「テメーにゃびた一文やらねェよ。」
がぎんッ。挑発中にひそかに張った『バリアー』でクナイを受ける。
すぐさまクナイを捨てたグラオが掌を翳した。翳した手から泥が撃ちだされる。『マッドショット』はバリアーを通り抜け、樂へと直撃した。
「がッッ!!」
「…終いですね。」
姿勢を崩した樂へ向かって、不気味な光を纏った拳を振り被った。
鳩尾へ的確に入った『ドレインパンチ』。
…だが。樂は入った拳を右手で、捕えた。
「!?」
「…隙ができたねェ、兄さん。」
左手に構えた薬瓶を、グラオの頭上で砕いた。
中身の『どくどく』がグラオにぶちまけられる。
「ッぐ…!?」
グラオがたじろいだ。樂は後ろに飛んで着地し、もがき苦しむグラオを笑った。そいつは特別製の秘蔵っ子だ。毒の得意なアンタでもよく効くだろう。
追撃しようったってもう遅いさ。
樂は地に手をつけて、黒い目を光らせた。
「喰らいなァッ!!!」
『たたりめ』で毒素を操作。一気に活性化した毒素が、グラオの身を貪った。
「やれやれ、ひやひやしたねェ。…無事に死体を頂けそうだな、兄さんよ。」
膝をついたグラオへと、薄く笑いながら樂は歩み寄る。黒い血を吐きだし喉を押さえながら、ぎこちなくグラオが樂を見上げた。
「っは…私もひやひやしましたよ。私一人なら、危なかったでしょうね…。」
にぃっとグラオが笑む。はっとした樂があたりを振り返った。
ウト。アダ。エス。いつのまにか二人を取り囲むように、3人が立っていたのだ。
「てめぇら…。」
「えへへ、よかったぁ。まだおきてるひといたぁ。あそべるねぇ。」
「そーだぜアタシらと遊びなよォ。キレーに内臓ぶちまけてやっからさァ!」
「あ、アダってばもう…もっと綺麗に遊ぼうよ。ね?」
3対1。下手したら4対1。元々武闘派ではない樂には絶望的な戦局だ。毒薬も先の戦闘でほとんど尽きている。
…悪ぃ、蘭斗。冷たい汗を一粒落とし、樂はぐっと目を瞑る。

「ッだりゃあああああああ!!!!」

その時。何か青い塊が叫んで突っ込んできた。それがウトを吹っ飛ばす。
続いて水を纏った飛び蹴りで辰弥がアダを吹っ飛ばし、灯が突進してエスを吹っ飛ばした。
死にはしないものの、結構な手傷でウト達が立ちあがると。
樂を背に護るように、雫、辰弥、灯が立っていた。
「おやおや…。」
上へ飛び攻撃を避けたラグナが、ウト達の傍へ着地する。
「あがきますねぇ…もう死んでたっておかしくないでしょうに。」
「るっせぇ!俺らはてめぇらみてぇな化けモン集団じゃねぇけどよォ!」
メンチを切った雫が、中指をたててがなった。
「こちとら組のために毎日タマ賭けてんだ!俺ら灯籠組、ナめんじゃねぇぞ!!」
中央で威勢のいい雫に、控える3人が小さく苦笑した。ほんっとに元気だなコイツ。一番派手にかっくらってるだろうに。
…コイツよりは仕事してみせねぇとなぁ。3人はそれぞれ、構えを取った。
「そういうこった…うちの組ナメると早死にすんぜ。」
「暑苦しいの嫌デスケド、負けるのはもっと嫌デスね。」
「…だとよ。悪ぃね兄さん、ウチは往生際の悪さがウリって忘れてたわァ。」

さすがにグラオも驚いた。樂はともかく、他3人はとうに潰れてる計算だったからだ。ここからさらに戦うとなるとこちらも厳しくなってくる。
どうする、か。と一瞬思ったが、見回せば考えるまでもなかった。
「エス、なぁおいエス、やっべーよあいつらマジおもしれーよ。やべぇ。やべぇ!なぁおいどうブチ殺す!?」
「う、うん…!ボクもすごいどきどきだよアダ…!何をしかけようかわくわくしちゃうね…!」
「うわぁ…うわぁ…!ともだちいっぱい、いっぱい!ふふっ、あはははっ!たのしいねぇ!たのしいねぇっ!」
爛々と三対光る、戦闘狂<バーサーカー>の瞳。
…ふぅ、とグラオは溜息をついた。そうですね。ラグナ様の為とあらば。毒でふらつく体を叱咤し、グラオもクナイを構え直した。
(…あとは、あちらがどうなるか。)
ちらり、とグラオは視線だけで、先程から爆音の絶えない方角を伺った。



どんどんどんっ!立て続けに銃弾が爆発し、あたり一体を砂煙で埋めた。
その砂煙を突きぬけて、後ろへ飛ぶ蘭斗と、間合いを詰めるラグナが飛びだしてくる。
「おいおいおいおい、チンタラおにごっこしてんじゃねェぞぉおおおッ!!」
二丁拳銃から滅茶苦茶に乱射される『どろばくだん』。それを紙一重でかわしながら蘭斗はすぅっと息を吸う。一睨みで弾幕の隙間を見定め、そこに向かって全力で拳を振り被った。
「遅ッッせぇよ!!!」
二丁がびたりと揃って蘭斗へ向く。ダブルの『どろばくだん』が正面から直撃した。
濃い土煙に蘭斗が包まれる。風がそれを晴らすと、ほとんど傷一つない蘭斗が立っていた。吸った息を『のみこ』み、少ない傷すら全回復だ。
「はーん…うぜェことするじゃねーの。持久戦ってかァ?」
「若ェ頃は俺も後先考えず突っ込んだもんだがな…」
ほつれた前髪をかきあげる手が、怪しく光った。
「護るモン抱えちまったら、倒れてらんねーんだ。」
その光をラグナへと投げつけた。やばっ、とラグナが慌てて避ける。その隙に背後を取った蘭斗が、再び拳を振り被って『とっしん』。
吹っ飛んだラグナが宙を舞った。その身に両手を翳し、『ハイドロポンプ』で追撃。
さらに高く飛ばされたラグナを見て、その隙に『アクアリング』をかけた。二重の水の輪が蘭斗を守り、癒す。
「――余裕かましてんなよォ大将ッ!」
落下するラグナが叫ぶ。はっとした蘭斗が見上げると、ラグナが拳銃を地に向けていた。
「パーティは始まったばっかだぜぇえッ!!!」
ずどぉんッ!!地面へ撃ちこまれた弾が大地を揺らし、蘭斗を跳ねあげた。『じしん』は蘭斗が回復した体力を容易く抉る。
「ぐッ…!」
「どーしたもう終わりかァッ!?」
着地したラグナがだっと駆けて二丁拳銃を振り被った。振りおろす『アームハンマー』。それは蘭斗の頭を的確に狙っていたが。
わずかに逸れて、それは肩に当たる。
その腕を掴んでラグナを振り回し、一瞬で何発も殴り蹴った。ふらついた体に蘭斗が迫る。渾身の『ギガインパクト』が決まった。
血を吐いたラグナが跳ねっ返る。
油断なく見据える蘭斗の前で、よろりとラグナが立ちあがった。
「ッは…―――ひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃッ!!!!」
蘭斗が目を瞠る。まさかこのダメージで、哄笑を上げるとは思わなかったからだ。
ラグナが起き上がる。ふらぁっと上げた顔は血まみれで、けれど目をかっ開いて笑っていた。橙色の目が光る、光る。狂人の光で爛々と光る。蘭斗はぞっ、と震える背筋を抑えこんだ。
「…やめときな。もう動ける身体じゃねぇだろう。」
「ひひっ、ひゃーっひゃっひゃっ…身体だァ?なこたどーでもいいだろうがよォ。それより気に入ったぜェ大将。イイぜアンタ。イイぜイイぜなぁオイ!?」
天に高笑ったラグナの全身が光った。
どこからか湧き出た濁流がその身に渦巻き、銃へと吸い込まれていく。
「殺ろうぜェ大将!!もっともっともっともっと派手によォ!!」
『だくりゅう』を付加させた二丁拳銃が、凶悪にぎらめいた。
「それができりゃァ死のうが生きようがどーでもいいじゃねぇかァアアアッッ!!!!」
だだだだだだだだだッッ!!!マシンガンもかくやという連発連射。さっきまでの比じゃない。一発一発が爆発する上に水しぶきをばら撒いて、蘭斗の視界を塞いだ。たじろぐ蘭斗の胴を次々と銃弾が打ち抜く。
照準はもはや滅茶苦茶で蘭斗に当たらない弾も多かった。だが、外した弾は地を揺らし『じしん』を呼ぶ。飛んで避けることすらままならない。
(頭イかれてんぜ、ったくよ…)
賭けるっきゃ、ねぇか。蘭斗の両手に光が集中し、それをひとつに合わせラグナを狙う。気がついたラグナがにやぁっと笑い、『だくりゅう』に身を乗せて『とっしん』した。
「ッくぜぇ、大将ォオッ!!!」
「――来いよ、イかれ野郎ッ!!」
『とっしん』と『はかいこうせん』が、激突した。




そのあまりの爆音に、グラオ達も雫達も足を止めて振り返る。
天をぶち抜いた光の柱と、あたり一体を巻き込む白い爆煙。爆音のフェードアウトと共にゆっくりと晴れて、ようやく二人の姿を見せた。
立ててはいる。…本当にそれだけ。お互い、死に体だった。
「くっそがよォ…。」
悪態をつきながらも、ラグナはにしゃあと笑っていた。
「膝くらいついて、見せろってんだよ…。」
「そりゃ、こっちの台詞だってェの…。」
くそったれが。こんなしんどいの久しぶりだぞ。
もういい加減身体を転がしてしまいたかったが、蘭斗はそうはいかない。こいつらが狙う製薬工場は、何が何でも護らなきゃいけないからだ。シマを荒らさせちゃならない。命に替えても、だ。

「――その必要はもう無い。」

そこへ空から声が降ってきた。
二人の間の空間に突然現れたのは、宙に浮く小柄な少女。蘭斗は、彼女に見覚えがあった。
「…ユヤン…!」
「…ラグナ。それに皆。撤退じゃ。攻める意味が無くなった。」
あ゛?と唸ったラグナがユヤンを見上げる。
「んだてめぇ、どういう意味だよ。」
「依頼主は死んだ。金も払わずにな。ならばこれ以上攻めても意味はなかろう。」
ラグナは一瞬不機嫌そうに眉をひそめたが、すぐににかっと笑った。
「はーん…まァいいか。十分暴れたしなァ。」
「待てよ、こんだけ組ナめといてつらっと帰ろうってか?」
「つったってテメーも今動けねぇだろォ?今のテメー殺したってつまんねーっての。…ツけとけよ、次にな。」
おーい帰んぞー、とラグナが皆に呼び掛ける。止める元気のある者は一人もいない。
振り向きザマに銃をぎらっと光らせ、ラグナは蘭斗へ笑んだ。
「また戦ろうぜェ…しっかり治しといてくれよ?次こそ派手にブッ殺してぇからなァ。」
そして背を向け、ゆっくりと歩き去っていく。
その後へついて去ろうとするユヤンを、蘭斗は睨みつけた。
「おい…てめぇのことだ。依頼主が死ぬってのもわかってたんじゃねーのか?」
ユヤンは長い髪を揺らし、ゆったりと振り返る。湖水のような昏い瞳が、ぬるりと、蘭斗を映した。

「ぬしが歴史に役割を果たすためには…この程度で死んでもらっちゃ、困るからのう。」

くれぐれも生き抜くようにな。
宙を舞う少女は、酷く無音に去っていった。



fin.