くるくると靴に風を纏わせてふわり、浮き上がる。あっというまに無限の大空が私の道となる。慌ただしく羽根で飛ぶなんてナンセンスだ。あんなに羽音が煩くては吹きぬける風の音色を楽しむこともできやしない。
青色の床を滑るように私は空を飛びまわった。少し張りつめた風にたなびく、赤いリボンとグレーのマフラー。マフラーは最近買った少し早めの冬支度。似合ってるだろうか。変じゃなきゃいいが。
そわそわとマフラーを手直ししながら、加速する鼓動と吹きぬける風。一秒でも早く彼の元に。今頃どこにいるかなんてさっぱり知らないが、会える自信はあった。私は運がいいからな。
噂をすれば。
ビレッジブリッジに程近い、滝の中に彼の姿を見つけた。思わず持ちあがる口端を抑える気もなく、私はその傍に舞い降りた。
「水浴びですか?アイズ。」
「わっっ!!」
逆にこっちが驚くぐらいの奇声があがった。びっくりしてる間にアイズは自分で肩を抱き滝壺の奥へと後ずさる。
…乙女か。溜息通り越して頭痛が零れた。文字通り乙女が相手なら謝罪もするが、自分より10は上の男性にそんなことされてもな。
「…それを警戒するなら28秒遅い。第一同性相手に警戒されましても。別に何もしませんよ。」
まぁいいものは見れたが。
「あ…おぬしか、コロンブ…。」
「ごきげんよう。お邪魔でしたかな?」
「い…いや、今出る。…その…。」
いつもほの赤い頬が赤みを増した。
「………なんです?」
「…………そっち、向いててくれんか。」
本当に乙女か。
盛大な溜息をついて私は後ろを向いた。後ろからはばしゃりとあがる水音やがさがさ着替える音が聞こえるが後ろは見ない。見ないったら見ない。私は紳士だから、な!
やがてさくっ、という音を合図に私は振り返った。刃物のついた鋼のブーツが草むらを踏み裂いた音。さっきまで川水滴っていた肌はオリエンタルな赤い装束に包まれ、右手には靴とよく似た鋼の籠手。
腰に下げた鞘から、しゃきん。異国の剣を居合抜く。
…今日も気が付くと目を奪われていた。不思議だ、私の趣味じゃないのにこんなにも美しい。
「…待たせた。」
「あ、いや構わな…構いません。」
ああくそ何を噛んでるんだ私は。美しくない。
私の小さな苛立ちに気づくことなく、アイズは林檎ほっぺを指先で掻いた。
「その…おぬし、なんで来たんだ…。」
そーいうこと聞くのはマナー違反だ。答えないまま話題で流した。
「ビレッジブリッジ、近いですね。そちらに行く予定で?」
「あ、ああ。あっちで修行すると…スプラウスが言ってたな…。」
「あっちってどのあたり?」
あわよくば次飛んでくるのがラクになる、という下心は次の瞬間崩れた。
「ジャイアントホール、と言ってたような…。」

…その格好で?

私は思わず、うっすい半袖の服を凝視した。こと両腕はほぼ何も纏わず吹きっさらしになっている。あのあたりはいつも霧が立ち込めていて、夏でさえちっとも温かくないはずだ。
確かここにくる途中見かけたメブキジカの群は、揃って秋の装いになっていた。
「……た、旅支度しました…?」
「ああ、済んだ。」
アイズが指さした荷物は実にコンパクトだった。どう考えても防寒具が入るサイズじゃない。
「…いや、実はカイロが入っているとか…。」
「カイロ?」
独り言すら打ち砕かれた。そういやさっきまで水浴びしてやがったなこの男。何を考えている。風邪引いたらどうする!寒さに弱い私には信じられない自殺行為だ。
ひゅっと吹きぬけた風は、どう考えても冷えてきている。
はぁ…と重たい溜息をついた私は、肩口で揺れるマフラーをひっつかんだ。
ひといきに、引きほどく。
間抜けに目を丸くするアイズを睨みつけるしかできない私。嗚呼、うちのリーダーはさしずめこんな心持ちなのだろうな…。
「…さしあげます。」
「え。え?」
「ジャイアントホールは寒いところだと聞いています、防寒はしっかりして頂かないと。」
「あ…ああ、お、恩に着る…。」
渡された布を手に持ったまま動けないアイズが、じれったくなってついにぶんどってしまった。首にかけて丁寧に巻きつけてやる。そんな弱りきった目で見つめるな、やってる側だって平常心な訳ないだろう!
綺麗に巻きつけ終わって見てみれば、マフラーは思った以上に似合っていた。私が巻いているよりよほど似合うだろう。布のかぶさった口元から、もごもごと「ありがとう」が聞こえた気がした。
「いいえ、どういたしまして。」
だから絶対風邪引いてくれるなよ、と心の中だけで言う。
それでは今日はこれで、と飛びさろうとしたが、かけられた言葉がぴたりと止めた。

「でも、おぬし、なんでこんなことしてくれるんだ…?」

びたっ、と止まった。ぐるっとアイズへ向き直る。ずかずかと距離を詰めて、かけたばかりのマフラーをひっつかむ。
貴様、いい加減にしろ。
もうもう全部かなぐり捨てて、私は思いっきり怒鳴りつけた。

「自分で考えろ、何秒遅れても構わんから次会うまでに考えておけ!!」



不器用な


(ああ苛立たしい、二人して美しくないにも程がある。)


fin.



***

敬語口調なのではなくて、年上には敬語を使う子なのです。