「俺って結構飽き性なんだけどさぁー、」
湧き出る笑いを噛み殺しながら、頬杖をつくアクア。その視線の先にはぐったり横たわっている青い男がいた。
「幻だけは何年見てても飽っきないよねぇー。」
「…うるさいな…。」
眉をひそめた幻に、アクアは笑いを堪えるのもやめた。くっくっくっと心底可笑しそうに笑う。
「今度は何?飲み物に眠剤盛られて?目が覚めたら練炭心中なう?やっだこわぁーい。幻ってばヤンデレがタイプなのーぉ?」
「な訳ないでしょ…あ゛ー頭いた…。」
「そりゃあそうでしょ犀川サン、けっこーヤバかったんですからね?」
椅子の背もたれに腕を絡めながら、ツユが割って入った。
ちなみにここは時乃坂附属高等部の保健室。養護教諭であるツユの牙城だ、とツユ本人は思っている。本来そんな使い方していいはずないのだけど。
「なーんか騒がしいなぁと思ったら、窓ガラス割って飛び出してくるんですもん。意識失ってからここまで運ぶの大変でしたよー?」
「悪かったって、ホント悪かったって…感謝してるよ。」
「きゃー幻クンってばカッコイーイ。アクション映画みたーい。」
「アンタねぇ…。」
ホントに死ぬかと思ったんだからな、と言い返したくなったが、言っても真剣味のない声になるだろうな。自分でもわかってる。
こうもしょっちゅう死にかけてちゃ、命からがら逃げたなんてふわふわに軽い話。
死にたい訳じゃない。死ぬ恐怖を前に逃げだす程度には死にたくないの、だけれど。
どこか同じ匂いがする耳付きの男を、幻はぼんやり見上げた。当然気づかれる。アクアはにっこりとほほ笑んだ。
「なーぁに?…眠剤も嗅ぎ分けられないお馬鹿ちゃん?」
ぎしっ、横たわるベッドが軋む。アクアが軽く右腕をついて顔を寄せた。ただそれだけ。それだけで幻の自動プログラムは呆けた顔を作りだす。
幻のそういうとこをわかりきってるアクアは、はっと鼻で笑った。
「女が次に何してくるかなんてさ、いい加減わかるでしょ?」
「……僕は、」
「わかってるんでしょ?」
一分の隙もない笑顔はそのままに、そっと耳元へ唇を寄せた。

「そんなにモノ扱いしてほしいんなら、手頃なご主人サマに売っちゃうよ?」

背筋がざわついた。
思うままに使われて縛られて貪られる生活。死にたい訳ではない。そんな生活が自分にとても、しっくりくる。そんな気がするだけ。
モノとして扱われることが、とても、とても。
だからそれはとても的を得た提案。でも何故だろう。その時頭をふっと、赤い髪がよぎった。

「ふゆさ…、ッ!?」

呟きは遮られた。信じられないことに、アクアの唇によって。
そう長いものじゃない。舌をべろりと舐められただけでキスは終わったけれど。
すっと離れるアクアとぼーぜんとする幻。一拍遅れて苦みがやってきた。舌の上から。
…やられたと、わかったのは眠気に歪む視界の中でアクアが真っ赤な舌を見せてから。
「…だーから言ったじゃん?眠剤ぐらい嗅ぎ分けられなきゃ、ね。」
おやすみー、お馬鹿ちゃん。言い終わる頃には幻の意識が沈んでいた。

「呼べる飼い主いるんなら大人しくしてればいいのにねぇ。ほんっとどーしようもないバカ犬。」
「へぇ、先輩意外と優しい。」
「ん?誰に?」
「犀川サンに。」
ぬるいアルコールみたいな笑みを浮かべるツユを、
まーぁね、とうすっぺらい笑みでかわした。

「幻が掻き回した後の女って、食いやすくって。」



メス
バーレスク


(見てて飽きないよね、お馬鹿なピエロ。)

fin.