「ッッ待ちやがれァ!!!」
いつになく苛立った声と共にラグナが銃を乱射する。
もうもうとたちこめた土煙をかいくぐって、一匹のカビゴンが突っ走っていた。その背中に向けてラグナは撃ちまくるのだが、弾は微妙に標的から逸れていた。というか、逸らしてるのだ。逸らさざるを得ないのだ。
「だあああああああクソめんどくせェもーいいだろアイツの頭ブチ抜かせろやアアアッ!!!」
「ならぬ。」
宙からユヤンが現れた。
「それでは依頼完遂できんぞ。なんとか無傷で奪うんじゃ。奴が大事に抱える酒の瓶をな。」





『ぽけ酒』
という幻の酒があるらしい。少なくともここいらでは滅多に見ない代物なんだそうだ。
どんなワクでも酔わせられる最強の酒だとかなんとか。


「だァからってなンで割らねぇように仕留めなきゃなんねェんだよォオオオオオッッ!!!!」
散々じれったい戦闘を強いられたラグナがついに吠えた。
「仕方なかろう。依頼主は割らずに持ち帰れと言ったのだからな。高値で売るつもりだから傷もつけてはならんそうじゃぞ。」
「るっせぇ知るかああああああッッ!!!撃たせろ!!殺らせろ!!あのふざけた帽子ごとブチ殺させろオオオオオッッ!!!」
「ならぬ。それでは瓶が割れる。」
「だーーーーッッ!!!しゃらくせェってんだよおいそこの帽子野郎ッ!!」

そう呼ばれたカビゴン・ふくまるはおもむろに足を止め振り向いた。
ずっと逃げ回っていた割にその顔には怯えひとつ浮かんでいない。逆に悠々とラグナを見つめ返すぐらいだった。
「もうめんどくせェからその瓶寄越せ!じゃねェとブッ殺すぞ!!」
「…あのねぇ、いきなりこんな襲撃されてハイどうぞって渡す訳ないだろ?」
抱えていたまるっこい瓶を振って見せた。
「君らがどういうつもりか知らないけれど、こんな乱暴な連中にコレは渡せないよ。それでもしつこいようなら…。」
細めた両目でじっとラグナを見据える。ざり、と土を踏んでふくまるはゆるく構えを取った。
「ちょっぴり手荒に帰ってもらおうかな?」
「…上等じゃねェか。やれるもんならやってみろやァッ!!」
に、と笑んだふくまるはいきなり瓶を高く放り投げた。
思わずラグナは目で追ってしまう。その隙にだんっと踏みこんだふくまる。気がついた時には飛びあがったふくまるの影がラグナにさしていた。

「『ヘビー』…」
げ、と思ってももう遅い。
「『ボンバー』!!」

どかああああああああんっ!!!地面がばっきばきに割れた。二人を中心にめこっとへこんでいる。
ふぅと起き上がったふくまるはぱたぱた膝をはらい、そろそろ落ちてくるだろう瓶に手を伸ばした。これでしばらくは追ってこれないだろう。
ところが。
「―――ッひゃっひゃっひゃっひゃ!!!!」
起き上がってきた。それもハイテンションでだ。身を起こす勢いを利用して振りおろした『アームハンマー』をぎりぎりでふくまるが避けた。
「ッやってくれんじゃねぇかよォ!!ちったぁ楽しめそうだなァ、たっぷり可愛がってやんぜ帽子野郎ォオ!!!」
「く、これで起きれるのか…嫌だよお断りだよ!」
と、避けている間に瓶が落ちてきてしまって。
慌ててふくまるが手を伸ばしたが。指先にぶつかり跳ねた瓶が、瓦礫まみれの地面にぽーんと投げだされた。
「しまっ…!」「ッやべ…!」

そこへ。風のように何かが駆け抜ける。
深くフードを被ったムクホーク・ケンが瓶をかっさらっていた。
「ないす、ケン!そのまま持ってって!」
こく、と無言で頷くケンはさらに加速して駆けた。全速力の『でんこうせっか』だ。とてもラグナじゃ追いつけない。
そこに、ざぁ、と突然砂嵐が吹き荒れた。思わず細めた視界にぼんやり映るのは、飛びこんできた小さな子ども。
「ざーんねーんでしたー。ここは通行止めだぜッ!!」
回りこんだアダの目が光を帯びる。

ケンがざっと足を止めた。後ろに流していた腕に力を込めてぐっと胸を反らす。
ばさぁあっと袖の長い腕を振ると。
ものすごい『ふきとばし』が一息で砂嵐を晴らしてしまった。

「えっ…」「うげッ!?」
晴れた視界からぽろっと双子が出てくる。丸腰にされた二人に向けて突っ走るケンはやがて光を帯びる。
『ブレイブバード』。もろに受けた二人は容赦なく吹っ飛んだ。
(邪魔はさせねぇよ。早いとここの酒持ってってふくまる逃がさねぇと…。)
…ん?そこでケンははたと気づく。持っていた瓶がない。
「…〜〜〜〜〜〜ッッ!?!?」
上空を見て青ざめた。『ふきとばし』時にぶん投げてしまった瓶が絶賛落下中だったからだ。

それにぱしっと届いた手が二つ。
ツンベアー・ひやまとグラオは顔を見合わせると、ぎりっと掴んだ手に力を込めた。
「おい…これウチのだっつってんだろ。やらねぇっての。」
「そうはいきません。ラグナ様がご所望されたものですから。」
「知るかんなもん!この酒泥棒!おととい来やがれ!」
「なんとでも。退いた方が賢明だと思いますよ。私含め我々は刃向かう者に容赦しません。」
ああそーかい。びきっと青筋を立てたひやまは手を離した。
「どーやら話は通じねぇみてぇだな。」
すらり。ひやまが刀を抜いた。黒光りする刀身をすぅと構える。
「んじゃあ"刃"向かってやろうじゃねぇか…歯ぁ食いしばれ。」
一瞬で、ひやまはグラオの懐まで飛び込んだ。
「!」
がきんッ!刃物同士がぶつかる音。ぎりぎり左手で抜いた小刀でグラオは刀を受けていた。瓶を確保した右手は後ろに下げて。
しかし完全に押し負けている。ずんと沈み込むような圧力で刀が迫り、いくら押し返そうとしてもびくともしない。
「諦めな。忍者の片手間剣じゃあ足らねぇよ。」
冴え冴えと銀に光る瞳。雪のような冷たい圧力を孕んでいた。まともにやりあっては勝ち目がない…グラオは毒塗りのクナイにどうにか右手を伸ばす。

その右手から、するっと瓶がもぎ取られた。
さすがに驚いたグラオがばっと振り返る。
「はーい確保確保。ケンカはダメですねぇ。これは私が貰っておきますねぇ。」
そこにはふわふわーと微笑むトゲキッス・ましゅまろがいた。見事な漁夫の利。我に返ったグラオが小刀で斬りかかったが既に『リフレクター』が張られていて弾かれた。
「おっと危ない危ない。じゃーコレ持って帰りましょうねぇ。コレはふくまるさんのお酒ですからー。」
そこにふぉんっ、と何かが振り被られた。ん?と振り返ったましゅまろに影がさす。
見上げるとウトが飛びかかってきているところだった。反動をつけてしなる腕はまさに今振り下ろしたところで、次の瞬間にはましゅまろを骨も残さず叩き潰すだろう…
「ってダメだろ!!!」
どががががががががッ!!!!遠慮なくラグナはウトへ連射した。
「うぁうっ!?…いたい。ねぇらぐなぁ、いたいよぉ?」
「うっせぇ!ちょっと泣きそうな目ェしてんじゃねェよ仕方ねェだろ!!てめぇは絶対瓶ブチ割るから待機だ待機!」
「ぬしが言えた事かのう。」
「るっせェよォオオ!!!くっそ今瓶どこだよ!?てめぇか!?」
「そうですねぇ私でs…おや?」
ましゅまろが手元を見ると空っぽだった。今の爆風で吹き飛ばされたらしい。瓶はくるくると飛んで、丁度ふらりと起き上がったエスがキャッチした。

どすん。その首に『だましうち』の手刀が入った。
崩れ落ちるエスから瓶を奪い、リングマ・わのつきがにぃやり笑う。
「エス!?エス!!おいしっかりしやがれエス!!」
「わるいねぇ、子どもをボコすのは趣味じゃないんだけどさ。あんた達の連携は厄介そうだからねぇ。」
あーとーは。くるっと振り向いたわのつきはまっすぐラグナへ殴りかかる。不意を突かれたラグナは避け切れず腕で受けてしまった。ごきっ、とあまり聞きたくない音がする。
「こーいうのは頭を落とせば脆くなんのが常套さね。そうだろ?」
「ッは、落とせるもんなら落としてみやがれこのクソアm」
「おっと。」
左手に持っていた酒瓶をちらつかせると、明らかにラグナの動きが鈍った。
「あんた達これが割れちゃ困るんだろ?あんたが撃てばあたしはこいつを盾にするだけさ。」
「ッてめ…!」
「せいぜい大人しくするんだねぇ。ゆっくり料理してやるから、さ!」
再び振り上げられる拳。共にたなびく茶色いマフラー。
そのマフラーがすっぱり切れた。
「…え。」
地面に突き立ったのは鋭いクナイ。
これ以上なく殺気立てて割り入ったグラオはわのつきの胸倉を掴むと、眼前に小刀を突きつけた。いつもの薄笑いすら吹っ飛んでいる。
「…あーりゃりゃ。作戦失敗かねぇ。」
二対一じゃさすがにきついさ、と言ってわのつきは瓶を放り投げる。やばいっとラグナが動揺した。それを見たグラオも一瞬揺らぐ。
その隙にわのつきはするっと抜けだした。抜けだしたはいいのだが。

ぱしっ、という音がしたので全員が振り向いた。
その音は随分高い空中から聞こえたのだ。

「ケタ ケタ ケタ」
たなびく青いみつあみ。瓶を受け取った長い袖。ポリゴンZ・Macが無機質に笑う。
「ワロス ワロス ミンナ オオサワギ タノシイ タノシイ」
きぃぃぃぃぃん。オレンジの瞳が強く光を発し始め…

「オオサワギ タノシイ」
―――カッ! なんと目から『トライアタック』が放たれたのだ。

どががががががッ!がむしゃらに連射されるビームが地を焼いていき、ラグナ達は避けるだけで精いっぱいだ。
それを見て楽しくなってきたMacがくるくる回り始める。ふくまる達まで射程距離に入ってしまった。
「うおおおおおい俺達にも当たってる!当たってんぞMac!!」
「ちょっMac止まって!危ないからホント!止まって!」
「ケタ ケタ ケタ タノシイ タノシイ」
聞いちゃいない。
「やべぇってエス!エス!起きろよやべぇよ死ぬぞ!!エスってば!!なぁおい!!」
その中で気絶したエスを抱えて右往左往するアダ。
それを見つけたMacは、さらににんまり楽しそうに笑うのだった。
「ケタ ケタ ケタ」
きゅいいいいいいん。今度は緑色の光を帯び始めた。
「タノシイ タノシイ」

―――カッ!
双子に真っ直ぐ放たれた『ソーラービーム』。
目を見開くアダ、咄嗟に割り入るラグナ。Macはどこまでも楽しそうに笑う。

ビームが被弾した。
もうもうと立ちこめる土煙。…それが不意にふっと晴れて、Macは目を瞠った。ラグナと双子を守るように水の防壁が張られていたからだ。
「…ふむ。仕方あるまい。」
声は上空から。ラグナ達が見上げると、ユヤンがふわりと浮いていた。
「まだこやつらに死なれては困る。…多少は力を使わねばなるまいの。」

ざ、と防壁が崩れ落ちると、形を変え幾筋もMacへと飛びかかった。受け身も取れない程の絶えまない弾幕。
間髪は入れない。ごおおと地面が唸ったかと思えば、地面から『ストーンエッジ』が突き立った。何本も何本も。弾幕に押さえられていたMacは直撃してしまう。
わずかにふらついた身体に向けて、ユヤンはすぅと手を翳した。

予兆なく放った『はかいこうせん』。
巨大な光の柱に、Macは貫かれ吹っ飛んだ。

久々に見たユヤンの戦闘。ぽかーんとしたラグナが、はっと我に返った。
「ッおいユヤン!瓶割れんぞ瓶!」
「案ずるな。今のタイミングで撃てば奇跡的に瓶は割れない未来となっておる。…しかしその代わり、」
がらっ。Macのめりこんだ瓦礫山が崩れる。
「仕留められんのじゃがの。」
ぼろぼろの身体を起こして、Macはよろりと浮きあがった。

「…ケタ ケタ ケタ ケタケタタケタケタケタタタケタタタ」
さっきより明らかに調子の狂った笑い声が響く。
「タノシイ タノシイ タノシイタノシイタノシイタノシイ」
Macは組んでいた腕をゆらりと開く。Macの全身から火花が飛び、空気中を侵食していた。ばちばち、ばちばち。
対するユヤンもふわり、と髪をなびかせた。それに呼応するように、彼女を中心とした大きな水の渦が空中に生まれた。
「タノシイタノシイタノシイタノシシシシシシ」
「ふむ。次で仕留めねばならんようじゃの。」
「いやちょっと待てってMacおい!周りを!俺らを!巻き込むんじゃねぇ!」
「わぶっちょっと待てユヤン既に水かかってんじゃねェかおい!おいユヤン!聞いてんのかテメェ!」


「ケタケタケタタタケタタタ… ケタ?」
ふと、Macは気がついた。腕を開いた拍子に持っていた瓶を落としてしまった事を。
地面を見下ろしてみるとふくまるがいた。落ちてきた瓶をキャッチし…並々ならぬ怒りを滲ませている。
「…君達いい加減にしようよ。これ以上仲間を傷つけるような暴れ方するって言うなら…。」
がっ、と瓶をひっつかんだ。


「これは僕が飲む!!」


「それだけはやめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!!!」
ひやまの叫びもむなしく。
一気飲みしてしまったふくまるの手で、空瓶が砕けた。
…しゅおおおお。ふくまるが何か、尋常じゃないオーラを背負った次の瞬間。


地獄が訪れた。









(二度と…二度と割れ物取って来る依頼は受けねェ…!)

fin
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