君に再び出会えるのなら





たとえ
悪魔 であっても




「あれ?ヒカトは?」
このところギルド内ではよくこんな台詞を聞くようになった。
「ヒカトならきりのみずうみに行くと言ってたでゲスよー。」
「ヘイヘイ!なんでまたそんなとこに?」
「もしかして…おたからを探しに行ったのかしら!?きゃー!」
にわかにざわつき始めたギルドのロビー。そこにペラップが一つ咳払いして入ってきた。
「ヒカトならきりのみずうみ周辺のポケモンに"あのこと"の説明だ。外出届もちゃんと貰ってる。」
さぁさぁわかったなら仕事に行った行った!ぱんぱんと手を叩くペラップにキマワリ達は散って行った。
「…よく頑張るよ、本当に。あれから依頼の業績だってダントツNo.1だ。」
きゃーと遠ざかる声を聞きながらペラップは呟いた。"あのこと"が起きてしばらくは心配したものの、すぐにヒカトは元気に依頼へ取り組み始めた。今ではミズハから託されたことを果たそうと、各地へ飛びまわっている。
おかげであまりギルドで見かけなくなったが、時折ヒカトを見かける時は
いつも、笑顔だ。

「…本当に、元気になってよかった♪」












「…ひのこッ!」
ぼうっと小さな火の玉が跳ねまわりマグマッグへと襲いかかる。けれどマグマッグは怯みすらせず、紫色のガスを吐き散らかした。
「うわッ、スモッグだ…!」
吸い込まないように姿勢を低くし、一気に間合いを詰める。すぐさま『ひっかく』を放ち、なんとか事なきを得た。
「…助かった…。」
はぁ…と重いため息が零れ出た。
ここはねっすいのどうくつ。きりのみずうみに向かう通り道である。通らなきゃいけないのはわかっているんだけど…炎タイプのポケモンが多く、やりづらい。
「あーあ…ここってこんなに大変なとこだったっけ…。」
前は楽に通れたような気がするんだけど。
何匹炎タイプが出てきたって、水タイプの技でばっしゃばっしゃと。
(………あ。)
あぁ、そうか。
ヒカトの瞳から…生気が消えた。
(…考えるな、考えるな、考えるな。)
もう、過ぎたことだ。
もう、受け入れたことだ。
考えるなと考えるほど、頭はそれでいっぱいになっていく。

ミズハがいなくなったことなど、もう考えるな。













「…おーい、ヒカトー?」
部屋の前でペラップはヒカトを呼んでみたが返事はない。どこに行ったんだか。目を通しておいてほしい依頼があったのに…。
「…あ。そういえばヒカトはでかけていたか。」
自分で外出届を受け取ったのに、とペラップは苦笑した。私も歳かな…。今でもつい、暇がちな新米である二人のイメージがぬぐえないのだ。
(…本当に歳だな。)
二人、じゃない、だろう。ペラップはそう自分に言い聞かせた。
ヒカトが懸命に立ち直ったのだ。私もそれに準じよう。
用事は手にした書類を渡したいだけだったので、ペラップは室内に入り書類を置いた。
「…おや?」
ふとペラップの目についたのが、部屋の隅にある本の山だった。
その数は2冊3冊なんてものじゃなく、もうすぐ天井に届くかというほど積み上げられている。
あんまりすごい数だったからつい気になった。ペラップは近寄り、崩れないようにそっと背表紙を窺う。積まれた背表紙は『光の仕組み』から『白雪姫』まで多種多様だ。『タイムパラドックス論』、という本には胸が痛んだが。
その巨大の山の麓に、2冊の本が読みかけのまま置かれていた。
ぱらぱらと風がページをめくるその本に、ペラップは首を傾げた。
「…変な読み合わせだなぁ。」
『ポケモン進化論』と『かぐや姫』だなんて。













(…あーあ、ダメだ…。)
ねっすいのどうくつを抜けたところで、観念したヒカトはぺたりと腰を降ろした。
考えたくない、のに。頭が勝手に思い出を再生していく。そんなことにも慣れたヒカトは虚ろな目でそれを受け入れた。
もう何百回見せられただろう。
この趣味の悪い映画を。

『―――――僕と一緒に探検隊を』
『僕、ミズハを信じる!――――』
『――――行こう、ミズハ!――』
『―ミズハとなら、僕は…―――』

…もう、
過ぎたこと、だ。
過ぎたこと。過ぎたこと、なんだよ。両目を膝にうずめても頭はしつこく思い出を見せつける。
何度も、何度も。
もう会えない大切な人を。
(…責めて、いるの?)
ミズハを守れなかったから。
ミズハを救えなかったから。
それどころか僕は事情すら最後まで知らなかった。
ミズハはずっと前から、たった一人で覚悟を決めていたのに…。

だから、
仕方がないんだよ。
お前は愚かだったんだから。

思い出は笑顔で、毒を吐く。
やがて無慈悲に回る映写機は、最も忌まわしい部分を映し出す。
(…あ。)
気づいた。気づいたから息が止まった。
やめて、やめて。かちかち震えても回想は止まらない。
音のない映像。スローモーションの映像。それは現実の光景よりも、より鮮烈で。
映し出してく。
この世で最も忌まわしい思い出を。

目の前で、
ミズハが、









消えて、いく。











「―――ッッあああああああああ!!!!!!」
ざくッ、がッ、ざしゃぁあッ!!!暴れまわる鋭い爪があたりかまわず切り裂いていく。
地面はもう傷だらけだった。でも足りない、こんなものじゃ全然足りないッ!
「ミズハ、ミズハ、ねぇどこなのミズハ、返事して、返事してよ、ねぇミズハ…ッ!!!」
受け入れるもんか。過ぎたことだなんて。過ぎたことだなんて。
これは思い出なんかじゃない。
僕の日常だ。僕の毎日だ。僕の人生だ!!
ねぇそうでしょうミズハ。この日々は何も特別なんかじゃなくて、いつまでもこの日々は変わりっこなくて、いつまでも僕らは幸せに暮らせていて。
ただ緩慢に過ぎていく、誰にとってもありふれた"永遠"となるはずで。
ねぇそうでしょう?ねぇそうでしょう?ねぇ、ねぇ、ねぇ、ミズハ。
こんなに呼びかけているのにどうして、君は答えてくれないのッ!!!!




『―――ミズハ、見てる?ホント、綺麗だよね…。』




…ふいに、記憶の中の自分がそう言った。
まるでその声に促されるように、のろのろと首をあげて見たものは。
いつかも見た…きりのみずうみ独特の、美しき夜の世界だった。
バルビートとイルミーゼが灯す光が、星空のように夜闇に溢れ
静かにさざなむ玲瓏な湖水が、様々な色に輝き流れる。
『―――ホント、綺麗だよね…』
あれ…どうしてだろう。
ヒカトはその光景を瞳に映しながら思う。

こんなの、ちっとも、綺麗に思えない。

…ふと、ヒカトは瞬くその光達を見つめた。
すいと自分の前を横切るその色には、見憶えがあった。
見憶えあるその光は、くすくす戯れるようにふらりふらりと飛び回り
やがて、飛んで行った。
上へ。
上へ。
そして…見えなく、なる。



ヒカトの頭の中で、歯車がかみ合う音がした。
バルビートとイルミーゼの光。
緑色の光。
ミズハを包んで消し去った光。
緑色の光。
光は上へ、光は上へ。
月の姫が天へ帰っていくように。


光は空の彼方へ飛んでいき、手の届かないところに消えていく。


…あぁ、そうか。
最後の歯車がかみ合った刹那、ヒカトの顔面が笑顔に歪む…。





















りりりりりりり。
どこか間の抜けた音を鳴らす電話機を、プクリンはぴょこぴょこと手に取った。
「はーい、ボクはギルドの…あれぇ、ユクシー?」
電話の相手はどうやらユクシーであるようだ。
伝説のポケモンが眠る地のどこに電話線など引かれているのか全くの謎だが、プクリンはひさしぶりーなんて呑気に言って笑っている。
「うんうんそれで?どーしたの?…うん?うんうん。」
うんうんうん、と相槌ばかりの会話…なのだが。
どことなくその声色が硬くなっていく気がした。
「…きりのみずうみ、だよねぇ?ギルドの子?えーと今は…。」
確か、ヒカトがきりのみずうみに行くとペラップが言っていたような…。
そう思い至りはしたが、プクリンはにぱっと笑った。

「ボクのともだちが、そんなひどいことするわけないよ♪」























なんだ、

かんたんなことじゃないか。



文字を書きすぎた時によくやるように、ヒカトは右手をぶらぶらと振った。
振るたびに爪の先から、水滴のようなものが飛び散っていく。
その表情には苦悶や怒りはなく、安らかな微笑みに満ちていた。


その周りには、大量のバルビートとイルミーゼの死骸が溢れていた。


どの死骸にもずたずたに裂かれた跡が残されている。焼き焦げた死骸は、ない。
ヒカトはそのうちの一つにとことこ近寄って
おもむろにその羽根を、毟った。

「羽根があればいいんだ。」

毟った羽根を月にかざして、ヒカトは恍惚と笑っていた。月明かりに羽根が煌く。月明かりに、返り血が煌く。
羽根があればいいんだ。
羽根があれば空へ飛んでいける。

空に消えてしまった、愛しい人に会える。

ぶちっ、ぶちっ、ぶちっ
月の照らす湖のほとりで、生々しいその音はいつまでも続いた。
羽根を奪われた光は、輝きを失い絶えていく。
高揚、した。
そうだ、消えてしまえばいい。
ミズハを消してしまう存在なんて、みんな消えてしまえばいい。

「…これで、よし。」
光のなくなった湖の中で、ヒカトは満足げに微笑んだ。
さぁ、地上の準備は整ったよ。
ヒカトはそっと空を仰いで…とても優しい、微笑みを浮かべた。


あとは、君を迎えにいくだけだ。

そのための羽根も…もうじき、手に入る。












「…あっ、これ親方様の本じゃないか。ったくヒカトめ…帰ったらこってり言ってやらないと!」
『かぐや姫』を手にとって、ペラップはぷんすかと怒る。
これ以上気になるものもなかったので、ペラップはさっさと部屋を後にした。まったくもう、だいたいヒカトは…ぶつぶつ呟く声が、廊下へ消えていった頃。
ヒカトの部屋を、風が撫ぜた。
その風は未だ放置された本…『ポケモン進化論』のページをぱらぱらとめくり
ある1つのページで、ふわりと止まった。


―――【No.006】  リザードン



fin.


***

倒して殺して倒して殺して羽根を持つ者に進化すればよい、という結論。