シンジ湖に5円玉でもぶん投げときゃよかったかなぁ、なんて思いながら俺はヒウンシティの商店街をぶらついていた。
感情の神様エムリットは恋愛成就にもご利益があると聞いた。いや、こんな遠い街じゃ神様パワーも届くまい。すると投げずに済んだ5円を別のお守りに継ぎ込んだ方が得策というもの。しかしイッシュ地方のお守りってどんなんだ。
ぶらぶら商店街を冷やかしながら、探しているのは恋に効きそうななんか。別にあいつに渡しはしない。俺が持つだけ。そんでたまに祈るだけ。…おまじない好きの女子か俺は。
でも、やめようとは思わなかった。笑わば笑え。あの地球が自分中心に自転してる馬鹿が、誰かを想うなんて俺にとっちゃ奇跡に等しい。万が一成就するなら神頼みだってしたくなる。
やがてハートのポップがやたらと目立つ看板を見つけた。安っぽい字と矢印で示された先には、蜘蛛の巣みたいな形のストラップがたくさん売られていた。
……お守り?え、これお守り?
「なにしてるの?」
「うわっ!?」
突然声かけられて飛びすさった。驚かせた張本人は不思議そうに首を捻っている。俺よりちょい幼い彼女はミサキ・ノヴェール。こないだ路上バトルした奴の妹だとかで、見慣れないウチのポケモン達にいたく興味を持ったらしい。それ以来このヒウンで時々出会っては話をする。
「お、お前こそ何してんだ驚かすなよな…。」
「にいさまでかけちゃったから、ひまつぶしに。きみこそ何してるのかな?」
「…まぁ、買い物的な。」
「ドリーム・キャッチャー。意外だな、きみは幸せ欲しそうに見えなかった。」
さらっと失礼なこと言うながきんちょめ。こいつからは瑠燕と別種の電波を感じる。
「…幸せ?これ幸せのお守りなのか?」
「よい夢を抜けさせ、悪い夢を絡め取る網。幸福と不幸のろ過装置、と言えばわかるかな。」
「あー、なんとなくわかった…。」
それでこんな蜘蛛の巣みたいになってるのか。成程理解した。しかしそれ恋愛に効くのか?
気付かずに呟いてしまったらしく、いつも半目なミサキがほんのり目を瞠った。
「驚いた…トウノ、きみは妻子持ちだったのか。」
「待て待て待て待て待て待てなんでそうなる!!そんな歳じゃねぇわ!!」
あらぬ誤解を解くため俺は全力で解説した。
話しながら店を出て、通りを歩き、公園のベンチに腰掛け、数分話したところでようやく話し終えた。結構長い話になってしまった…ミサキは飽きもせず聞いてくれたが。
「そう。それで恋愛のお守り。トウノはロマンティストだな。」
…無表情で年下の子にそう言われると刺さるものがある。
不意打ちのダメージ苦しんでる俺を放り、ミサキはどこか遠くを見つめた。
「お嬢様、ね…。」
からりと乾いた風が吹く。シンオウでは秋を感じる風だが、此処では何の訪れを示すのだろう。ひとしきり髪を揺らされた後、ミサキがぽつんと呟いた。
「…ロマン・ロラン。」
「え?」
「恋愛的な友情は、恋愛よりも美しい。」
何かの格言だろうか。空を見上げながらミサキは淡々と読み上げる。やがて俺へと涼しい目を合わせ、続きを読みあげた。
「だがいっそう有毒だ。なぜなら、それは傷をつくり、しかも傷の手当をしないからだ。」



…そんなのは戯言だ。
真顔のミサキの言葉を胸にひっかけながら、今日も夕方を迎えた。揺れるバスから眺める夕焼けが、妙に焦燥感を煽る。
何も知らないミサキが、何も知らないまま吐いた戯言に過ぎない。賢いお子様がよくやるじゃないか、ああやって格好いい言葉を言って頭いいアピールしたい年頃というか。理屈の通った結論なのに心が落ち着かないのはどうしてだ。
バスを降りるとリムジンに誰か乗るところだった。20代ぐらいの身なりのいい男で、残念そうな顔をしている。あれも婚約者候補だったのだろう。ライバルは減っている、着実に。夢物語がもしかしたら現実になるかも。そんな思いを俺は密かに抱いていた。今日までは。
出迎えのメイドさんがいないので、俺は勝手にあがりせわしなく廊下を進んだ。今日のメイドさんは忙しいのだろう。そう、多分。
客間のドアを、開ける。

開けた途端に、ぎゅっと抱きつかれた。

「…る、」
瑠燕?
呼ぶ声は形にならない。勢いよく飛びついたせいでお気に入りの王冠も床に落ちていた。瑠燕は拾いもせず、おそらく気付きもせず、きつくきつく俺に抱きついている。
腹に埋められた表情は、見えなかった。
振り返ると、メイドさんがいた。ほんのり悲しそうなその顔に、笑顔はなかった。