「こちらにどうぞ。ご滞在の間はこの部屋をどうぞお使いください。」
「いえあの結構です俺安宿に泊まりますんであっそうそうこっちのトレーナーズスクールで勉強したいと思ってまして現地に住み現地の学びをですね」
「かしこまりました、それなら残念ですが仕方ありません。岬さんは勤勉な方なんですね。」
ですがよければ一度くらい、お嬢様に会ってらしてくださいな。
メイドさんに連れられるまま俺と瑠燕は廊下を進んだ。綺麗なお嬢さんだけどきっとこの子もポケモンなのだろう。髪が緑だから草ポケモンか?
なんにせよ此処に泊まることは回避できそうで良かった。こんな足音のしない廊下を歩く日々はごめんだ。ノーテンキにきょろきょろしてるアホペンギンだけ残しておけばいいだろう。
…しかしこいつホントに気にしてないんだろうか。一人で大丈夫か?
「…おい瑠燕、しばらくお前は此処に泊まるそうだぞ。大丈夫か?」
「うむ、まさに王様に相応しいお家だな!」
全っ然大丈夫そうだ。この調子で無礼を働かなきゃいいが…いやいっそ無礼働いてとっととシンオウに帰るのが吉か。
「こちらがお嬢様のお部屋です。失礼のないようお願いしますね。」
凍る俺の背筋に構わず、メイドさんは飴色の扉をノックした。



「入れ。」随分男前な声が応えた。
椅子に腰かけて本を読んでいた少女が場違いな闖入者を出迎えた。メイドの子と似ている緑の長髪だが、煌めきもつやめきも格が違う。金持ち学校の制服みたいなフォーマルシャツと深緑の膝越えプリーツスカート。いかにもお嬢然とした少女だが、なんか予想と違うな。思ったよりきりっとしてるというか。
「お前も婿候補か。名前は?」
「あ、え、えっとあのウチは岬書t」
「お前には聞いていない。肩書きなどもっと聞いていない。そこのポッチャマ、お前の名を聞いたんだ。」
ばっさり。袈裟斬りもいいとこだ。ホントに男前だなこいつ。
お嬢の凛とした赤い目はまっすぐ瑠燕を射抜いている。だ、大丈夫だろうか…つい心配になった俺は瑠燕を覗きこむ。
瑠燕は、いつも通りのアホな笑顔をかました。
「僕は瑠燕。見てわかる通り王様さ!ホワイトと友達になりに来たんだがいいかな?」
………ひぃ。
背筋が凍ったなんてもんじゃなかった。おま、おまえ、言いやがった。この場でいつものそれを言うとかお前ばかだろばかだろうわああああああ。
ぽかーんとしているお嬢の顔がなにより怖かった。おいそこからどう変化するんだお嬢。キレるか?引くか?引きすぎて泣くか?どのルートもお貴族様をこっぴどく怒らせることは間違いない。ウチの店オワタ!
「お前…。」
ぼそりと零れた声に俺はひきつる。

「阿呆か。」
あれ?知らず瞑っていた目をゆっくり開けた。
するとそこにはどの予想パターンでもない、呆れきった微笑を浮かべるお嬢がいた。作ったものじゃない、多分噴き出したに近い微笑。
「違う違う、あほうじゃなくて瑠燕!王様さ!」
「成程、阿呆のようだな。」
「ひどいな、そんな名前じゃないのに。」
「名前はもう把握したさ。ルエンだろう?阿呆のルエン、覚えた。」
「あほうじゃない、王様の瑠燕だよ!」
…ガキの喧嘩が始まった。近所でもよく見るそれは、この上品な部屋にはなんとも似合わなくて、俺の肩ががくりと落ちた。
考えてみればうちの瑠燕は10歳で、お嬢は確か4つ上と聞いていたから14歳。小学生と中学生か。そりゃ確かにこんなノリにもなるか。
気がつくと後ろに控えていたメイドさんが、くすくす笑いを漏らしていた。
「よかった、思った通り仲良くなれて。」
俺の視線に気がついたメイドさんは、慌ててごめんなさいと言ってからふんわり微笑んだ。
「縁談を申し込んできた方、どの方もとても年上の殿方だったんですよ。もちろん当家とお似合いの家柄ではあるんですが、まだお若いお嬢様にはちょっと…ね。」
メイドさんはもう一度、騒がしい二人に目をやった。微笑ましそうなその笑顔は、姉か母親のようだった。
「初めてじゃないかしら、お嬢様と歳の近いお友達は。」
"ホワイトと友達になりに来たんだが"。
そうか。なんとなく俺は得心した。お嬢はこんな田舎くさい阿呆に出会う機会なんざ今までなかったんだろうな、と。