そう、そもそもは親父が悪いのである。
「だってね、ウチだって自営業でしょ?つまり一社の主でしょ?代表取締役じゃない!ほらそう言うとなんだかかっこいい!」
「馬鹿言ってんじゃありませんよド田舎の本屋親父が。ご令嬢さんとの縁談なんて縁もゆかりもないでしょう。」
「あるから言ってるのさ、なんたって募集中なんだから!ものは試してみようよ。ひょっとすると、ひょっとしちゃうかもよ?」
「少しはあの子の気持ちも考えておやりなさい。いじわるでもされたらどうするんです。」
とある日の我が家の夫婦喧嘩。一人息子である俺はぼんやり眺めていた。こう言うと俺の縁談話のようだが、実はそうじゃない。
二人が話しているのは俺の膝に乗ってるあほペンギン、ポッチャマの瑠燕のことだ。
なんでもスプラウス家、とかいう金持ちがご令嬢の結婚相手を探しているらしく、お調子ものの親父がはしゃいでいるのだ。瑠燕の縁談なので相手も勿論ポケモンだ。歳は瑠燕と同じくらいのお嬢さんで、種族名はツタージャ、と言ったか。シンオウじゃ聞いたことのないポケモンだ。
「…おい瑠燕、どーする?お前話聞いてるか?」
他人事みたいに聞いてる瑠燕が気になって声をかけた。こいつは本当に人の話聞かないことに定評がある。
瑠燕はひょこっと目を合わせると、にぱーとアホ面な笑顔を見せた。
「ホワイトっていうのか。友達になれるかな?」
…おい。お前意味わかって言ってんだろうな。
ぴったりとまった夫婦喧嘩を目の前に、冷や汗が背を伝った。




…結果がこれだよ…。
イッシュ地方に渡る船のチケットを握りしめ、俺は盛大な溜息を吐いた。
『決まりだね瑠燕さっそく言ってくるといい!いいか瑠燕、しっかりお嬢さんと結婚してくるんだぞー!めざせ玉の輿!』
『馬鹿言わないの瑠燕一人で行かせられる訳ないでしょうッ!冬之っ、あんたもついてっておやりッ!』
親父はともかく、我が家の最高権力者に命じられたらなんも抵抗デキマセン。男とはかくや無力である。
「トウノトウノっ!すごいぞクラゲがいるぞ!メノクラゲじゃないのがいるぞ!」
「うるせぇよアホペンギンそもそも誰のせいだと思ってなぁああッ!!」
辺鄙なシンオウから船を乗り継ぎ乗り継ぎ、ようやく辿りついたイッシュ地方は言葉が通じるだけの完全な異国だった。
事前に連絡していたおかげで向こうから迎えがあり、お嬢さんの屋敷へは迷わず行けた。リムジンで。リムジンで。この時点ですごく死にたくなった。
辿りついた屋敷は予想通りでっかくごーか。それ以外の感想を求めないでください。俺の貧相な生まれと語彙じゃ無理ゲーでございます。
テレビでしか見ないような、ごーじゃすでごーじゃすでごーじゃすな屋敷を目の前にして、いかに親父がとんでもない話に図々しく乗ったかという事を思い知った。
「岬書店代表取締役の瑠燕様と冬之様ですね。お待ちしておりました。」
ばっか言え…。
血の気はゆっくりと引き膝が震えた。田舎本屋の一人息子と一人ペンギンが跨いでいい敷居じゃない、絶対に。