とんっ、と背中にきた衝撃に振り向いた。
「えっ…あ、え?」
「…トマさん…!」
「むつ、き?あーえっとその…」
久々にじんわり染み込む彼女の柔らかな体温、心地良い声と言葉に気持ちがほぐれたが、まず言わなきゃいけないことがあった。

「……血ぃつくぞ?」
びくっと彼女は離れて引いてくれた。

「あっああああえとあのごめんなさいトマさんそんなつもりじゃなくて引いたとかそうではなくて…!!」
「落ちつけ大丈夫だってわかってるって。いいからちょっと離れてな。」
むつきとももうそれなりの付き合いになる。彼女が俺自身に怯えてるのではなく、単純に血を怖がってるだけだと馬鹿な俺でも理解できるようになった。
使い終わった斧をざくざくと地に突きさし、水弾きのよくなったコートからさっと血をぬぐう。新調した服は前より血の処理が楽になった。
そうするとほら、むつきは怯えずに俺のもとへ戻ってきてくれる。この瞬間がどれだけ俺の支えになってることか。自覚はないだろうけどな、コイツ。
「あ、えとえと、ありがとうございます…。」
「ん?別に大したことじゃねぇよ。」
おずおずと近寄ったむつきは、新調した服をいやに見つめていた。
「すごい、なんだか、別人みたいです…本当に進化なさったんですね。」
「あーまぁ…ていうかお前どっからそんな情報仕入れてきたんだ…。」
「マスターから伺いまして、つい飛んできてしまいました…あ、あああのえっとえっともしかしてもしかしてご迷惑だったでしょうか…!?」
「違ぇ。違ぇけどその…なんつーかな…。」
がりがりと頭を掻くと帽子が落ちてしまった。拾うのも面倒で放置する。
付き合い始めから彼女はムクホーク、俺はようやくムクバードから上がったところ。小さいこと気にしてることはわかってるんだが、どうにも、どうにも。
こうして見つめられる視線にすら、どことなく劣等感を覚えてしまう。
「…だせーなァ…。」
「え?」
しまった。心の声が口に出た。思わず口を抑えてももう遅い。
むつきは律儀に俺が落とした帽子を拾い、ほんのり赤くなった頬でまた見つめてきた。
「何故ですか、どこもださくありません…!その、今のトマさん、今までもとっても格好よかったのに格好よくなりすぎです…!」
……不意打ち、の、一撃。
こんなことを言われては、口を抑えた格好のまま動けない。むつきはそんな俺に追い討ちかけるように、はにかんだ笑顔で俺に帽子を差し出すのだった。

「トマさん、進化おめでとうございます!あの、その……大好きで、す…っ!」

………首やら耳やら沸騰した。
勘弁してく、れ。息ができなくなる。
なんとか動いて帽子をひったくると、すぐさまむつきにかぶせた。きらきら見つめてくる瞳が隠れるように。

それなりの付き合いになるが、むつきはいつでも真っ直ぐで。
真っ直ぐすぎて俺のボロだの見栄だのことごとく粉砕して。
結局彼女の前では、格好すらつけられないちっぽけな"俺"の言葉しか出てこないのだ。


「………ありがとう、な。」




君に伝える"I"言葉


fin.


***

わくとさんの小説から繋げた話を書かせて頂きました。ありがとうございましたー!