「…くん…ラシルくん…。」

その声でぱちっとオレは気がついた。
まだぼんやりしている視界。あれ、いま何時…なんて考える余裕もなく、肩にがばっと抱きつかれた。
「ラシルくん!」
「わっ!…ろ、ロコ!?」
「よかった…ホントによかった…!」
抱きついてくるほっそい腕にふわふわの巻き毛。間違いなくロコだ。驚いた勢いで意識も視界も完全覚醒だ。あたりを見回すと、一度来たことのあるロコの家だとわかった。
でも何故オレはロコの家に?
「あのね、今日、遊ぶ約束…してたでしょ?私の家で。だから私、待ってたんだけど、ラシルくん来なくて…そしたら…。」
気絶したオレを抱えて、運んできた人がいたのだそうな。
『…君だよね?ラシルが言ってるロコちゃんって。
コイツちょっと今日の任務でヘマしてね、傷の手当てはしたけど今気絶してる。
うわごとでずっと君の名前呼んでるから鬱陶しいんで連れてきた。面倒だろうけど泊めてやってくれないかな。
翌朝起きたら放りだしていいよ。多分自力で帰ってくるだろうから。』
「…って、リザードンのお兄さんが。」
(あの野郎。)
意外とあっさり犯人が判明した。しかも任務失敗だのうわごとだのバラして、だ。なんてことしてくれたんだあいつロコに会わせる顔がない。
「…。」
「…ラシルくん?どこか痛い?」
「え、いや…そうじゃないけど…。」
「………あ。」
ロコは何か気がついたように目を丸くすると、人差し指を一本立てた。
それでぷにっとオレの頬をつつく。
「ラシルくん、ほっぺあかい。」
「………え。」
くすくす、と笑うロコを見るとますます顔中が発熱した。うわあああ。うわああああ。なにこれもうださいださいカッコ悪いにも程がある!!
いいだけくすくす笑うロコを睨んでやると、ようやく「ごめんね」と言って笑うのをやめた。
「よかった。ラシルくん、その、ごはん作ってあるんだけど…食べる?」
「え…いいの?」
「うん。だってラシルくんお泊りだもん。」
ね。と言ってロコはオレの両手をつかみ、ふわっと微笑む。
「嬉しいな。今夜ずっと、いっしょ。」
ぴしっっ。その台詞に凍りついたのは、どうやらオレだけみたいだった。



「…ロコ、お父さん帰ってくるんだよね?」
「お父さんは今日、おしごと。」
逃げ道もあっさり断たれてから数時間。
ロコと二人で食事というハードルもこなし(木の器に盛られたクリームシチューはとても美味しかった)、ロコに促されてお風呂に入るというレベル高いハードルもこなし、その後ロコがお風呂に入って来るというさらにレベル高いハードルもこなし、なんてしてるうちにあっさり日は暮れ。
最大のハードルがやってきた。
夜である。
(…待って待って落ちついて、さっきから呼吸速いんだけど…。)
思わず胸を抑えるぐらいぜぇはぁしていた。ちょっと待ってこれじゃオレ風呂上がりのロコにはぁはぁしてる変態みたいじゃん。いやそんな思考に至る時点で変態なの!?びーくーる!びーくーる!普段通りのクールでストイックな本来のオレに戻りたい!おい誰だ『クール(笑)』とか『ストイック(笑)』とか言った奴!
「…ラシルくん…だいじょうぶ?」
なんて思ってる間に早速ロコに心配されてしまった。ほら見たことかオレのあほ!
「ずっと苦しそう…やっぱりケガ痛い?」
「い、痛くないってばどこも!ほらもう心配しなくていいから寝よう寝よう!」
そう言ってオレはロコの背中を布団へ押した。…実はこれも結構緊張する。風呂からあがったロコは白地に花柄の可愛いパジャマを着こんでいて…なんだ、この妙に非現実っつーかふわふわした感じ。可愛いだけが理由じゃないこの感じ!
「それで…布団は?その、どうすんの?」
「えっと、お父さんのお布団は使っちゃダメで、お客さん用のお布団はなくて、だから、私のお布団で一緒だけど…いい?」
いいも何もそれしか選択肢がないんだろう…。
オレは額に手をあててもう一度念じた。…Be cool, be cool.
「あっ…ご、ごめんねラシルくん、嫌かなっ…?」
「え、あ、いやっ」
慌てて弁明するも言葉が出てこない。言葉が出ない間にロコから涙が出そうになってる。やばい。泣きそう。ちょ、どうしようどうしようどうしよう。
とりあえず泣きやんでくれ頼む!勢いでオレはロコの肩をつかんでしまった。
「い…嫌じゃない!嫌じゃないってば!!」

どしゃっ。

…勢いがつきすぎてしまった、ようだ。
掴むどころかそのまま押してしまったオレは、ロコと一緒に布団に倒れこむはめになって、しまっ、た。
(……ッッオレの、馬鹿…ッ!!!)
できることならこのまま布団の奥底にずぶずぶと沈んで二度と浮き上がりたい。埋まりたい。埋まりたいようわああああ。
おそるおそるロコの表情を確認する。
ロコは、そのまるっこい目をひとしきりぱちくりさせた後、くすっと小さく微笑んで。
ちいさな手を、オレの背中に触れさせた。
「うん…よかった。…一緒に寝よ?」
ロコらしい、ホットミルクのように安心させる声。安心させるあったかい手。
それらがじんわりとオレにしみこんでくる。そうするとなんだか妙にほっとしてしまって、緊張するのも馬鹿らしくなってきた。
ロコにとっては、オレがロコと一緒にいる、ってだけなんだろう。
転んでしまった身体を横に降ろすと、ロコがころんと身体を丸めて横になる。オレもロコに背を向けて横になった。
全く意識されないはされないで悔しいんだけど…。
だからといって何をすることもできない自分が一番悔しいので、考えないようにしよう。

「おやすみ…ロコ。」
「うん、おやすみ、ラシルくん。」

今夜はいい夢が見れそうだ。




背中合わせの36


fin.